京都タワー「たわわちゃん」をめぐって運営会社を提訴…「ひこにゃん」生みの親が語るクリエイター軽視の風潮「いまだに著作権を主張することが“わがまま”と捉えられる」

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クリエイターの社会的地位が低い

――コンテンツ産業の推進を国が旗振り役となって進めています。にもかかわらず、クリエイターの地位は、依然として低いと感じておられると。

もへろん:クリエイターがコンテンツを創り出すことによって、文化や、産業に貢献していると言っても、どこかピンとこない方が多いというか。人それぞれ思想が違うことはわかりますが、ビジネスの駆け引きにおいては、不確定な要素である「人気が出るか出ないかわからないものへの投資」については、当然、契約の時点で買い叩かれます。

 あと、創作活動に対する偏見もまだ強くあるように感じます。好きなことで生きている者への冷ややかな目、というか……。我々は、自分にできることで社会に還元しようとしているし、その行動に伴って権利の保護も十分にされるべきだと思います。

 しかし、何もない0から1を創作することより、既にある1を100に拡大することに価値があると考える人は多いです。そういった人にとっては、相対的にクリエイターの価値は低いままでしょう。

――偏見も強く権利の保護が十分ではないなかで、国はコンテンツ産業を輸出産業にしようとしていますね。うまくいくのでしょうか。

もへろん:率直に言うと、今のままではうまくいかないと思います。創作は、人間の充足感から始まると私は考えています。クリエイターが心から自由にクリエイトすればいいものができるし、世界に対しても発信できるレベルのものが生み出されると思います。

 ただ、現状では一部の人たちを除けば、クリエイターの待遇が決して良いとはいえませんし、正当な対価が発生しているか、権利処理ができているかというと疑問です。この状況で、健全な形で発展できるとはあまり思えませんね。

――クリエイターが十分に実力を発揮しづらい環境なのですね。

もへろん:会社に勤務しているデザイナーから話を聞くことがありますが、社員として作品を作ると、著作権はすべて企業側に帰属するケースが多いそうです。それがわかっているので、「会社では全力ではなく、自我がないもの、エッセンスを消し去ったものを作っている」と、何人かから聞いています。

 つまり、せっかく丹精込めて創作をしても、最終的にはすべて権利は企業のものになってしまうので、あえて全力の作品は創らない。それではあまりにも、両者にとって問題がある状態なのではないでしょうか。

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