不倫相手はなぜか皆「1年ほど」で去っていった。後腐れなくラッキーだと思っていたら…妻が見せた“便せん”で52歳夫が知った真実
社内の後輩との関係
そんなとき目の前に現れたのが、同じ会社の美知子さんだ。5歳年下だが当然、栄里さんのことも知っている。
「最近、疲れてません? 飲みに行きましょうよと言われたのがきっかけですね。飲んでいる最中、『大人の関係ってどう思います?』とか『私、結婚願望がまったくないんですよ』などと意味ありげな言葉を吹き込まれて。当然、そういう関係になっちゃいますよ」
一夜限りの関係のつもりが、そうはならなかった。彼女との関係には魔力があった。自分が認められている感覚があり、万能感をもたせてくれた。そうなれば簡単には離れられない。
「彼女との関係は1年くらい続きました。ある日突然、彼女から『転職するから、じゃあね』と言われて。喪失感はハンパなかったですね。追いすがろうとしたけど僕も既婚者だし、みっともないことはできないと思いとどまりました」
突然、“恋愛体質”に…
美知子さんと別れたあと、仕事で知り合った他社の女性とつきあうようになった。なぜだか突然、“恋愛体質”になり、家庭外に女性がいないと生きていけなくなったようだったと尚彦さんは言う。
「その彼女、ルミのことも大好きでした。恋をするって楽しいことだったんだと初めて知りました。ルミはとても優しい性格で、僕に会うたび体のことを心配してくれたり、心穏やかになるような音楽を自分で編集してCDに焼いてくれたり。僕のために時間と手間を惜しまなかった。ルミに対しては僕の末っ子気質が炸裂しましたね。どんなに甘えてもまだまだ甘えさせてくれる。一緒にいた翌日、僕が財布をなくしたことに気づいたときも、連絡したら彼女が探しまくって見つけてくれたんです。あなたのためなら何でもできると言ってくれて」
だが、また1年ほどで別れを告げられた。どうしてと問うと、「私は結婚したいから。あなたはどうせしてくれないでしょ」と言われた。
友人の話を聞いて「震え上がった」
40代にも同じようなことがあった。ただ、尚彦さんは「結局、恨まれたわけではないし、誰にも知られないまま別れることができたのは実はラッキーだった」と思うようになった。あるとき学生時代の友人に呼び出されて飲んだことがある。彼は不倫が妻にバレ、家庭崩壊したあげく、子どもたちにもいっさい会えなくなったのだという。
「かわいい盛りの子どもたちだった。あれから10年たつけど、いまだに子どもには会わせてもらっていない。養育費だけはたんまりとられて、自分は木造の小さな部屋に住んでいる。どうしても我慢できなくて弁護士を立てて会おうとしたことがあるんだけど、そのころには自分の意思をもっていた10代の子どもたちは会いたくないと。たぶん、元妻に入れ知恵されているんだと思う」
そんな話を聞いて、尚彦さんは震え上がったという。離婚はしかたがないとしても、母親から父親の悪口を吹き込まれた子どもたちの心境を考えると胸が痛んだ。そんなことにならないうちに恋した女性たちと、いい思い出のまま別れることができたのは幸運だったと、つくづく感じ入った。
「ときどきそうやって恋はしたけど、家庭はうまくいっていました。子どもたちも素直にすくすく育ってくれた。長女は大学に進み、いずれは弁護士になりたいとがんばっていたし、次女は理系で薬学の研究をしたいと言っていました」
年に一度の家族旅行も、欠かさず続けていた。野球好きの次女につきあってプロ野球観戦にもたびたび出かけた。栄里さんは職場でも一目置かれる存在となり、役職は尚彦さんより上だ。
「栄里にライバル心はありませんでしたから、僕としてもうれしかったですよ。ただ、相変わらず妻だけEDは変わらなかった。でも40代になると妻も求めてこなくなりましたから、そういう点では問題なかった」
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