「昭和天皇の喪中なのに」「兄を差し置いて自分だけ……」 【ご成婚36年】なぜ「秋篠宮殿下」のご婚約発表は批判を浴びたのか それでも「紀子さま」との結婚を押し通された理由とは
「2人は怪しいぞ」
「自然文化研究会」の顧問で、学習院女子短期大学教授の高橋新太郎氏は、サークルのメンバーで出かけた木曽、伊那方面の調査旅行について振り返る。
「私にとっても、かなり思い出深い3泊4日旅行でしたが、特に古い民宿に泊まった妻籠での最初の夜が印象に残っています。大きな囲炉裏を囲んで酒を楽しんでいたのですが、部屋が煙でけむたいのと、星空がとても綺麗だということで、三々五々外に出て行きました。外に出てしばらくして気づいたら星空の下で2人が何やら親密に話し合っていたので、何だかあの2人は怪しいぞと勘ぐっていたんです。2人のことですぐに思い出すことといえば、あの夜のことですね」
まさか慶事が…
しかし、兄、皇太子殿下の結婚話はいまだに決まらず、そこで弟の礼宮殿下の結婚が先行するとなれば、天皇家にとっては極めて異例の事態だった。
しかも、礼宮殿下が英国留学中の昨年秋、祖父である昭和天皇が病に倒れ、今年(1989年)1月に崩御。その服喪期間中に、まさか今回のような慶事が明らかになるとは誰も予想していなかったのではないか。さる皇室記者はこういう。
「来年の1月7日に昭和天皇の喪が明けるまで、皇太子にしろ礼宮にしろ婚約発表はないだろう、というのが共通した認識だったんです。特に礼宮は、まだ留学中の身。加えていくらあのヤンチャ坊主でも、兄さんを差しおいて自分だけさっさと結婚はないだろう、と常識的に思っていたんです。でも礼宮を少し見くびりすぎていたようですね。おそらく両親にかなり強引にネジ込んだことは間違いないですね」
恋を全うしたい
「礼宮にしてみれば長幼の序などに関係なく恋を全うしたい。無論、宮内庁では押さえにかかったが、それに抵抗した」(ある皇室ジャーナリスト)
女子学習院の卒業生を中心とする常磐会の会員の一人もこう言う。
「天皇家ではご兄弟の順序ということにこだわられたんでしょ。それでも礼宮様は、皇族なんて結婚も自由に出来ず、兄弟の順序にこだわれば、いったい何年後に結婚できるのかも分からない。いつまでもお兄様が決まらず、もう待たされるのはごめんだとのお考えだったんですよ」
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