高市首相「寝てない」発言で思い出される大企業トップの「私は寝てないんだ」騒動

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 仮想通貨「サナエトークン」や中傷動画を巡り、国会では野党から高市早苗首相への追及が激しくなっている。

 これに対する22日の首相の答弁がまた事実関係とは別の物議を醸している。公設第一秘書に関する質問を受けた際に、首相が次のような主旨のことを述べたのだ。

・週刊誌報道に基づく野党質問への対応のため忙殺され、首相としての仕事に支障をきたしている。

・質問通告を受けた6月19日から22日までの間、ほとんど睡眠も取れていない。

 このうち「睡眠も取れていない」のフレーズに懐かしさを感じたのは中高年以上の方かもしれない。
 かつて同様の言葉を発した大企業のトップがいた。「私は寝てない」というその言葉は大きな怒りを買い、大きなツケを払うこととなった。

 戦後日本で起きた数々の舌禍事件、今でいう炎上事件のきっかけとなった発言を集めた『問題発言』(今村守之著)をもとに、当時何が起きたのかを見てみよう(以下、同書から抜粋・再構成しました)。

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私は寝てないんだ!

 2000年6月27日、雪印乳業大阪工場(大阪市都島区)で製造された低脂肪乳などの乳製品を飲んだ消費者が食中毒を発症したとの通報があった。被害者の症状は嘔吐・下痢・腹痛。情報公開及び製品の自主回収が遅れたこともあり、被害者は近畿地方を中心に広がり1万3420人にのぼった(大阪市調査)。戦後最大規模の集団食中毒事件である。

 7月4日夜、同社社長の石川哲郎は幹部4人とともに謝罪会見を開いたが要領を得ない。会見を中途半端なかたちで打ち切った石川に対し、延長を求める報道陣。

「それではあと10分」としぶしぶ答える石川。

「なぜ時間を区切るのか」。そう詰問されると、

「そんなこと言ったってねぇ、私は寝てないんだ!」

 揉み合うようにして会見場からエレベーターに乗り込む際、石川は投げやりに返した。石川には当時、自社がどれほど重大な状況に置かれているのかがまるでわかっていなかった。想像力と危機管理能力が決定的に欠けていた。報道陣からも、たまらず反発の声が上がった。

「こっちだって寝てないですよ! そんなこと言ったら」

「食中毒で苦しんでる人たちはどうなるんだ!」

 事件そのものの責任はともあれ、石川が疲労困憊(こんぱい)だったのは事実だろう。また、テレビ慣れしていない彼からすれば、会見を終えたところで思わず口にしてしまった一言であり、企業としての公式発言ではない。

 しかし、このコメントは繰り返し放送され続けた。視聴者には、石川の態度がそのまま消費者に対する姿勢と映ったことだろう。事件はその結果、起こるべくして起こったのだ、と。

 社内外からの集中砲火に耐えられず、2日後、石川は辞任表明に追い込まれた。その不信感はさらなる株価下落、全国各地の不買運動にもつながっていった。スーパー、商店では、雪印の全製品を撤去する動きが加速。

 同社は12日、営業禁止処分となった大阪工場を除く全国20の市乳工場を一斉に休業させる。

「読売新聞」は同日の社説で「食品会社としてのモラルの崩壊と、安全に対する過信が重なった複合人災」であると論評した。

 悪いことは重なるもので、翌01年、今度はグループ会社の雪印食品が、折からのBSE(狂牛病)問題にからみ、牛肉偽装事件を起こした。かつてグループ売上高1兆円を誇った乳製品業界の名門企業は見る影もなく地に堕ち、ついには事業部門ごとに他社との提携、分社化により完全に再編された(雪印食品は廃業・解散、雪印乳業は現・雪印メグミルク)。

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 トップならずとも「寝てない」発言は同情よりも反発を買いやすい。自慢と受け止められることも珍しくない。危機管理上の観点から考えても野党質問への答弁のために一国のトップが徹夜する必要はない。首相はスタッフの使い方から見直すのも手だろう。

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