「知床遊覧船事故」から「スシロー」まで プロが選んだ「危機管理失敗事例」ワースト7(前編)

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「今年は危機管理の失敗事例の宝庫という印象の一年でした」――そう語るのは(株)リスク・ヘッジの田中優介代表取締役社長。危機管理コンサルタントとして見た場合、2022年はあまりにもレベルの低い危機管理が目についた一年だったという。数多い失敗事例から特に問題があると感じた「ワースト7」と、そこから学ぶべき教訓を田中氏に論じてもらった。(前後編の前編/後編を読む

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 本来、危機管理の失敗というのは、被害者、犠牲者が関係しているものですから、順位をつけるようなものではありません。従って以下は、今年一年の危機管理関連の失敗事例を時系列で見ながらポイントを指摘していくこととします。

 失敗の度合いを評価する尺度は、「バッシングされた度合い」と「受けたダメージの大きさ」の二つがあります。今回は主に「受けたダメージの大きさ」に重点を置いて考察してみます。

 なお、こうした分析に対して「後からなら何でも言える」と仰る方がいます。後講釈じゃないか、ということでしょう。

 これはまさしくその通りです。しかし、このように他者の失敗事例を日頃から研究し、他山の石とすることが、危機管理の第一歩だという点は強調しておきたいところです。

「何か起きたらその時考えればよい」という姿勢は、危機管理において最も避けねばならないものです。

 危機管理を学びたい方は、どうかこの「後講釈」にお付き合いください。以下、ワースト7です。

(1)知床遊覧船沈没事故の運行会社(4月)

 26名が死亡・行方不明となった大事故でした。

 危機を予防するためには、法令や暗黙のルールなどを遵守するという、当たり前のことを当たり前に行う必要があります。この点、無線の代わりに携帯電話を通信の手段にしたり、荒れ模様の天候の日に出航したりと論外の振る舞いが危機を招きました。

 事故後の対応も非常に問題がありました。

 最初の説明会の冒頭で、運行会社社長は土下座をしながら「世間をお騒がせして申し訳ありません」と叫びました。多数の犠牲が予想される事故にもかかわらず、謝罪の言葉はテンプレートそのものですから誠意が伝わるはずがありません。

 また、謝罪会見を開くまで社長はマスコミからの問い掛けに対して「不愉快そうな表情」を浮かべながら、「取材拒否」を続けました。

 危機に際しては、“闘争”と“逃走”という二つのトウソウ本能に支配されないようにしてほしい、と弊社は常にクライアントに対してアドバイスしています。

 この社長はマスコミに対してまさにこのふたつのトウソウ本能に基づく対応をしたわけです。

 被害者対応も最悪でした。

 こうした事故の被害者(家族含む)は、一般的に「癒やされる」「腑に落ちる」「受け入れる」「忘れようとする」というステップを踏みます。ところが、社長は事故に関する説明で、資料を棒読みし、「(出航は)船長判断」という責任逃れの言葉を繰り返しました。また、事故の直後に戸別訪問による謝罪もありませんでした。被害者の家族は全く“癒やされる”ことも“腑に落ちる”こともなかったので、当然、怒りや不満はつのるばかりです。

 このように、予防、メディア対応、被害者対応すべての点で失敗を重ねたケースだといえるでしょう。

(2)スシローおとり広告(6月~)

 スシローの最初のつまずきは、ウニやカニ等のおとり広告問題でした。高級なネタが格安で食べられるような宣伝をしながら、実はほとんどの店で食べられない状態だったことが判明、消費者庁から景品表示法に基づく措置命令を受けることとなります。

 さらにその直後には生ビールの提供を巡っても同様のクレームが発生。続いてマグロの種類を偽っていたことも判明しました。

 ひと昔前ならば、飲食店が少々オーバーに宣伝することも大目に見てもらえたのかもしれません。しかし、食品に関する「ウソ」を見る目は極めて厳しくなっています。

 2013年に阪急阪神ホテルズがバナメイエビを芝エビと表示していたことが発覚した際には、当時の社長が辞任に至りました。

 それを考えると、スシローの一連の行為は、消費者の意識の変化、偽装の罪の重さの変化を認識できていないと言わざるをえません。危機を予防する点では致命傷です。

 また、こうした問題に関して説明する際の「論理力の不足」もとても気になります。

 スシロー側は、こうした行為が発覚するたびに「悪意」はなかったと弁明し、「お客様相談窓口の誤った認識」を持ち出して説明し、「誤解を生んでしまった」と主張してきました。その都度、何らかの説明を試みてはいるのです。

 しかし消費者には全く理解されないでしょう。まず、企業側に悪意などないのが当たり前です(実態はともかく、建前としては)。

 あくまでも消費者が問題視しているのは過失ですから、論点のずれた主張をしていると言わざるを得ません。

 また、そもそもお客様相談窓口は他部署と違い、消費者への回答は正確無比でなくてはなりません。そこが間違った認識をしていたというのは、警察が「法律を勘違いしていた」と主張するような論法で、消費者の不信感を高めるだけです。

 極め付きは「誤解を生んでしまった」という主張です。誤解とは発信者と受信者の双方に原因があるという意味になるので、責任の半分は消費者にあるという理論になってしまいますから、火に油を注ぐだけの発言なのです。

(3)東京五輪贈賄問題(8月)

 近年、贈収賄については、「みなし公務員」や「第三者への供賄」も厳しく捜査の対象とされる傾向が強まっています。

 そんな中で、贈賄側の企業は、大会組織委員会の非常勤理事(無報酬)の高橋治之氏を「みなし公務員」と認識できず、その友人の会社への金銭の支払いが賄賂になり得ると認識できなかった可能性が高い。罪の重さの変化を見落とした結果です。

 逮捕前、角川歴彦・KADOKAWA会長は、「卑しい気持ちで経営をしたことはない」旨を気色ばみながら語っていました。この時点ですでに自社の専務が逮捕されていたのですが、なお、「自分は正しい」という姿勢をアピールしたのです。これもまた「闘争本能」の表れと見ることができます。

 もちろん逮捕イコール有罪ではありません。しかし、本来ならば「ジャーナリズムの一端を担う会社は、疑いを持たれるだけでも恥じなければなりません。これからは、“李下に冠を正さず”の姿勢を持っていかなければならないと思っております」と謙虚に語るべきだったのではないでしょうか。

(4)日野自動車のデータ不正(8月)

 日野自動車で問題となったのは排ガスに関するデータが不正なものであったということです。最初に社長が会見したのは3月ですが、特別調査委員会の調査結果が発表され、国交省の立ち入り検査が行われたのが8月なので、その月の出来事としました。

 さきほど、食品の偽装に向けられる目が厳しくなったことは触れましたが、この種のウソが許されなくなったのは他の業界でも同様です。自動車という人命に直結する産業であればなおさらでしょう。

 同社の特別調査委員会の説明によれば、現場の実験部のウソを上層部は感知できなかったがために、不正が温存された、とのことでした。その説明をどこまで信じていいのかはわかりません。

 ただ、弊社は常にクライアント企業に対して「現場は必ずウソを言う」という定理を踏まえてください、と申し上げています。拙著(『その対応では会社が傾く』)でも、この種の「ウソ」の見抜き方も含めて、危機予防の重要ポイントとして強調しています。

 この定理を前提にして調査は行われなければならないのです。

 加えて、ここで細かくは論じませんが、企業においては成果主義の導入が、リスクを高めているケースもあることは認識したほうがいいでしょう。どうしても短期的に成果を上げようとする姿勢が、無理をさせ、さらにはウソをつくことにもつながるリスクがあるということです。

【以下、ワースト5、6と今年のワースト中のワーストについては後編に続く

デイリー新潮編集部

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