茶も飲まず…27歳女性変死「疑惑のベルギー人神父」が任意出頭で見せた“異様な用心深さ”【昭和の未解決事件】
原宿の“連れ込みホテル”で会話
〈さて、どこに呼ぶか。警視庁では目立ちすぎて新聞記者にわかってしまう。結局、当時、ビルは出来上っていたが、まだ警視庁へ引渡しがすんでなかった菊屋橋分室に呼ぶことにした。ここなら新聞記者も気がつくまい。この新築のビルが都合よかったのは、取調室にマジックミラーが付いていて(日本で最初だったと記憶している)、取り調べの状況が他の捜査官にもわかることだった〉
出頭したベルメルシュ神父の立会人はバチカンの大使館の書記官だった。日本語が堪能な神父に通訳は不要だったが、神父は一冊の辞書を持参していた。
〈神父の供述によれば、被害者と知り合ったのは、1年前の昭和33(1958)年の7月、両国の花火大会に行ったころ、乳児院のシスターから紹介されて知った。その後、2、3回、「ドン・ボスコ社」にカトリック関係の書籍を買いに被害者が出入りしたとき、身の上相談を受けた。そして、11月の末か12月の初めごろ、西武線・下落合駅で会い、1回はドライブに行き、1回は高田馬場で映画を見た。客室乗務員の試験を受けることについても相談を受けたので、賛成した〉
1月8日の朝も、Tさんの求めに応じて午前9時半ごろに原宿駅前で会い、駅前の「菊富士ホテル」に入った。11時ごろまでロンドンについて話をして別れたというが、このホテルは当時のいわゆる“連れ込みホテル”だった。
“オトシの八兵衛”にも崩せぬアリバイ
〈(Tさんが)ロンドンに行ってからは、2回ほど手紙を書いた。7、800円分の、皇太子殿下御成婚の記念切手を貼って送った。3月5日の朝、また会いたいと電話してきたので、午後2時ごろ原宿駅前で会い、ロンドンの土産だといってドライブ用の革手袋をもらった〉
しかしベルメルシュ神父は、性的な関係だけは認めなかった。
〈「菊富士ホテル」という連れ込みホテルに入ったのも、寒かったので休憩しただけといった。あの“オトシの八兵衛”こと平塚八兵衛くんが、11、12、13日の3日間取り調べても、事件前後のアリバイは崩せなかった。なにしろ、神父は用心深かった。何か詰まりそうになると、持ってきた辞書を開いて、「正確な日本語は」といって考え込み、おかげでタイミングを外された〉
「捜査の神様」とも呼ばれる平塚八兵衛氏は、下山事件や帝銀事件、吉展ちゃん誘拐殺人事件、3億円事件など昭和の大事件も取り扱った捜査一課の名刑事。その平塚氏を相手にしても、ベルメルシュ神父は用心深さを貫き、出された茶も口にせず、鼻もかまず、取り調べ室の何にも触ろうとしなかった。
任意の取り調べは5月20日と21日にも行われたが、物的証拠はなかった。そこで捜査本部は神父の血液型を確認するため、神父が使ったティッシュを持ち出すよう頼んだ。Tさんの下着に付着していた体液から、犯人の血液型はA型かAB型とみられていたからだ。
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