新聞テレビが報じなかった「3億円事件」の人間ドラマ…「週刊新潮」があえて“被害者の肉声”を伝えた理由 「取引先から“東芝のボーナス、持って行かれたぞ”と言われましてね…」
翌週号に登場した、警視総監
週刊新潮は、この“第一報”以来、ありとあらゆる視点で、3億円事件を追うことになる。筆者が入社した1981年当時、「オレは、3億円事件の犯人(といわれた人物)に、3人ほど会っているよ」などと、笑って話す先輩記者もいた。それらについては、また追い追い、本欄でご紹介していくが、実は、上記“第一報”の翌週号に、なんと当時の警視総監・秦野章氏(1911~2002)が登場しているのだ。
それは《週間日記》という見開き2頁の記事で、毎週、著名人1人に登場してもらい、直近1週間の日記を公開してもらう企画である。現在、週刊新潮で長期人気連載となっている《私の週間食卓日記》の原型ともいえる。
その1968年12月28日号が、秦野章・警視総監の回だった。このような“大物”に、突然頼んで掲載できるわけはないので、かなり以前に依頼していたことは、まちがいない。週刊新潮の“強運”ぶりがうかがえる。題もズバリ《3億円事件の中の警視総監》だ。その〈火曜日〉(12月10日)の項。
〈午前9時過ぎ、総監室で初めての巡視に見えた荒木国家公安委員長と大学問題等について討議中、刑事部長から「3億円が強奪された」という緊急電話が入る。(略)期せずして2人の間でこんな述懐が漏れた――「まったくいろんな事件が起こるものだね」〉
意外と、のんびりした雰囲気である。そして、
〈午前9時47分、非番を含め約3万人の警察官を非常招集して、東京の隣接3県の警察に協定配備を依頼する。今度の3億円事件は、話題としてもまれに見る騒ぎを起こすだろうが、私にとって、大学問題や連続射殺事件に比べたら、正直いって荷が軽い。金額は史上空前だが、地道に捜査していけば、必ずシッポを出すだろう。〉
この“大学問題”とは「日大紛争」、“連続射殺事件”とは『無知の涙』で知られる「永山則夫連続射殺事件」のことである。このとき、さすがに警視総監としては、まさか〈3億円事件〉が未解決のまま時効になるとは、夢にも思わなかったようである。
〈3億円事件〉の発生から、今年で57年になる。
※本文記事の引用は、主旨を変えない範囲で表記などを変更しています。また、記事中の組織・会社名等は、すべて当時のものです。



