取調室で対決した「被疑者」と「検察官」が20年の時を経て「共同作業」に取り組んだ理由 佐藤優氏が「尊敬に値する敵」と表現した相手は

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『国家の罠』から20年

 徹底的にぶつかりあった男たちの間でいつしか友情が芽生える――一昔前の少年漫画ではありがちな光景だが、現実の世界、特に大人になってからそういう展開は滅多にない。

 しかし写真の二人の関係性においては奇跡的にそんな“化学反応”が起きたのである。

 右は「週刊新潮」本誌連載でもおなじみの作家・佐藤優氏。左は弁護士の西村尚芳氏。同じ1960年生まれの二人が最初に会ったのは、2002年、外務官僚だった佐藤氏がいわゆる「鈴木宗男事件」で逮捕された日だった。そう、当時、西村氏は事件を担当する東京地検特捜部検事だったのである。

 片や被疑者、片や取調官という立場で対峙した二人だが、取調室で言葉による真剣勝負をしていくうちに、奇妙な信頼関係が生じる。佐藤氏の著書『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』の中では、2004年、佐藤氏の公判時に西村氏と交わした会話や心境が次のように描かれている。

「公判が終わった後、西村氏に声をかけた。

『もうお会いすることはないと思いますが、ほんとうにお世話になりました』

『こちらこそお会いできてよかったです』

『西村さん、あなたは検察庁の良心なんだからちゃんと出世してくださいよ。ご活躍を期待しています』

 結局、私は西村氏と一度も握手をしなかった。なぜならば国策捜査というこのゲームで、西村氏はあくまでも私の敵で、敵と和解する余地が私にはなかったからである。しかし、西村尚芳検事は、誠実で優れた、実に尊敬に値する敵であった」

 とはいえ、立場が正反対の両者はこれ以降、接点を持っていなかった。が、4年前、ひょんなことから会食をすることとなる。すでに西村氏は退官していた。

 そしてこの5月、ついに二人は対談本『特捜取調室 『国家の罠』20年目の再対決』を出すに至る。かつての被疑者と取り調べ担当の検察官が検察や特捜部の在り方について徹底的に議論したという前代未聞の一冊である。写真は同書に関連した対談動画の撮影時のものだ(動画は「新潮QUE」にて公開中)。

 それにしても取調室での攻防を経てなお、なぜ二人は互いを認めあっていたのか。『特捜取調室』では、当時の生々しいやり取りとそれぞれの印象が語られている。以下、見てみよう(同書から抜粋・再構成しました)。

 ***

佐藤 西村さんと初めてお会いしたのは2002年5月14日、私の逮捕の日でした。鈴木宗男さんの騒動の渦中にあって、前職を解かれた私は当時、港区の麻布台にあった外交史料館に勤務していましたが、そこへ西村さんと検察事務官の方数名が私を逮捕しに来たのでしたね。西村さんとの関係はそこからスタートした。

 逮捕の時に、「弁解録取書」というのがあって、被疑者が逮捕状に書かれた容疑事実に対して、「その通りです」とか「事実無根です」とか一言述べた内容が記されます。それで私は、否認するにしてもどうしようかなと思って考えていたら、西村さんが「いま検察官が読み上げた容疑については身に覚えがありません」でいかがですか? と聞いてきたんです。

西村 外交史料館を早く出たかったんですよ(笑)。逮捕状を持っていったら地検への任意同行に応じてくれるかと思ったら、「いやだ、ここでやってくれ」というので、外交史料館で令状の執行をしたんですが、ここで粘られたら外にマスコミが大勢来ているし、史料館の館長も怒っているので。「どうですか?」と聞いたら「じゃあ、いいよ」と言われたので、「それでは」、と。

佐藤 それでサインして判子を押そうとしたら検察事務官が、「佐藤さんはもう逮捕されているので判子じゃなくて指印でお願いします」と言ってきた。それで今度は利き手に手錠をかけるというので「じゃあ、右手で」と。この時、西村さんは「手錠はしなくてもいいんじゃないですか」といったんだけど。

西村 これは規則通りやっているんで手錠をかけたんです。ただ、車の中では必要ないかなと思ったので、車の中では確か外しましたよね。

佐藤 外しました。

 それで取り調べで最初に言われたことが「黙秘権があります」という告知でした。取り調べの途中も、「これは黙秘なんですか」「否認なんですか」と何度も聞かれました。偽計業務妨害で再逮捕された時にも、最初に黙秘権があると告知されました。

西村 そうでしたね。それはもう当然で、何度でも繰り返します。

佐藤 西村さんの取り調べは、だいたい夜になりますが、調書を一回作ると、それを全部読み上げて、私に「丁寧に見てください」と言って、まず筆を入れさせる。そこで署名をさせるのではなく、「明日午前中に弁護士と接見があるなら、弁護士とよく相談してください」、それで午後の取り調べで納得できたら「署名指印してください」というものだった。毎回、その手続きの繰り返しだった。途中から「読み上げは面倒なので省略しよう」と私が言って、黙読で処理するようになりましたが。それから、「ちょっと違う」とか「認識が違う」「事実関係が違う」と主張したところは調書に斜線を引いて直すというのが普通のやり方なんだけど、西村さんは調書を書き直すというスタイルでした。

それである時、聞いたんです。「被疑者に何でこんなに丁寧にやるんですか」と。すると「あなたみたいな難しいお客さんは無理をして調書を取ると、公判になってから揉めたりする。だから任意性に関しては、絶対に問題がないだろうというところまでやる。そこは固めておきたいので、自分のためにやっているんですよ」と、そういうことを言っていた。だから私は、そういう取り調べが検察官の標準形と思っていました。

事件を扱うとは「人の人生を扱う」ということ

西村 近年、取り調べで検察官が暴言を吐いたりして問題になっていますが、それは自分のためになっていないのですよ。自分を守るという意識がかなり欠けている感じがします。もしそうでなかったら鈍感です。

 事件を扱うということは人の人生を扱うわけです。そこで何かミスとか、完全な見込み違いがあると怖い。だから私は慎重にやってきました。「ちょっと待てよ」と思いとどまるためには、人の話をよく聞くことが大切です。相手の話を聞いていると、自分の思っている話とは違う話が出てくる。それを検証しながら、話を続ける。検証しながら、というのは重要なことです。検証した結果、当初想定していた事実と違ってくれば、それを反映して調書の内容がどんどん変わっていく。そうやって真相に徐々に近づいていく。それは、ごく当たり前のプロセスだと思っています。

佐藤 もし、私が自白していて、それで検察官と信頼関係を構築したとしたら、それはそれほど珍しいことではないと思います。ところが私が否認に回りながら、西村さんとお互いの協力関係を構築できたということがちょっと不思議です。それは取り調べのやり方が、フェアであったからだと思う。私の体験では、脅迫とか強圧的に取り調べられたとか、黙秘権を認めないということは一切なかった。取り調べに際して、西村さんとは「事実と認識と評価に分けましょう」ということで、「事実に関しては全面的に協力します。だから嘘はつきません」と私は伝えた。ただし、認識では「そちらに合わせることができる部分と、できない部分がある」と言いました。評価は裁判所が下すものだから、私は関知しないと。西村さんはそれを受け入れてくれた。

西村 そうでしたね。

佐藤 最近では、検察官の取り調べの在り方がたびたび問題になっています。検察官が被疑者や参考人を脅して嘘の供述を取る。黙秘権を認めない。検察特捜部はいつもそういう取り調べをやっているのかと世間に思われたら、まともにやっている検察官が気の毒だと思う。だから私は、この機会に検察が抱えている問題について、西村さんと、とことん話し合ってみたいと思っているんです。

 ***

「これは『国策捜査』なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため――」。この一言が、《国策捜査》という言葉を一躍世間に知らしめた。この因縁深い二人が語り合った【対談:佐藤優vs検察官! 特捜取調室で対峙した因縁の二人が、なぜいま語り合うのか?】では、検察のあるべき姿や、ビジネスパーソンが組織の中で生き残る方法などが語られる。

佐藤優(さとうまさる/作家、元外務省主任分析官)
西村尚芳(にしむらひさよし/弁護士、元大阪地検特捜部長)

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