憧れの街「港区白金」を廃墟にする“エゴ”と“無策” タワマン再開発の裏側
公共性が見出せない
麻布、高輪、広尾という高級住宅地に囲まれた白金1丁目地区で、大規模な再開発計画が進行している、という話を年初にデイリー新潮に書いて、大きな反響があった。人口が減少し続け、これからその勢いが加速するのが必至の状況下で、強引に再開発を進めれば、いずれ破綻して廃墟になるしかない、というのが記事の骨子だった。
実際、全国ではいま、計画が行き詰まる都市再開発事業が後を絶たない。都内も例外ではなく、中野サンプラザ再開発計画が白紙化して話題になったほか、新宿駅西南口の再開発なども中断している。理由は、建設資材や人件費が高騰し、工事期間も工事費も当初の予定どおりに収まらないことが確実になり、事業としての採算性が見通せなくなったからである。
そんななかでも、白金1丁目地区に関しては事業者が強気のようだ。このところマンション価格が上昇し続けている東京都内でも、港区はとくに勝ち組だが、なかでも白金を中心とした一帯は人気が高い。それはまちがいない。この地区の地権者に聞くと、行政すなわち港区も、ことあるごとに「港区は違う」と強調するのだという。
しかし、それは単に、いまのところは都市再開発事業を進めるのが可能な状況だ、ということにすぎず、将来まで見通しているとは思えない。それについては、追ってあらためて記すが、ここで考えてみたいことがある。
都市再開発とは、採算性の話を除外すれば、あるエリアを再開発することに公共性があるからこそ行われるものだ。しかも、事業計画から認可、その後の管理に至るまで、地方自治体が大きく関わる以上、自治体の本義である「住民の生活向上や福祉の増進」に寄与しなければならない。ところが、白金1丁目地区の場合、取材すればするほど、事情に「公共性」がまるで見出せないのである。
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