エンタメ情報誌「ぴあ」復活! 創業者「矢内廣社長」インタビュー AI時代にあえて“紙の雑誌”をパラパラとめくって探す「偶然の出会い」の魅力

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自分の頭でモノを考える力を

「とぶ!ぴあ」の新装刊が具体的に決まったのは、昨年の夏から秋にかけてのことだった。

「そこからよく、4月の新装刊に間に合ったと思いますよ。実は今回の『とぶ!ぴあ』は、東宝さんの新会員サービス『TOHO-ONE』と提携しているんです。それが4月からはじまるということで、何としても、4月に出さなければなりませんでした。年末もたいへんでしたが、現場は、よくやってくれました」

「ぴあ」の事業のひとつに、先述したPFF(ぴあフィルムフェスティバル)がある。これも矢内社長によって1977年にはじまったイベントである。若い映画作家たちを発掘し、応援する映画祭だ。昨年で47回を数えている。1982年、矢内社長がフランソワ・トリュフォーにPFF参加を要請したら、ほんとうに来日してくれたことでも話題になった。

「昨年大ヒットした映画『国宝』の李相日監督は、PFF出身です。『青~chong~』が、《PFFアワード2000》でグランプリをふくむ4部門を受賞。そのときのスカラシップ(3000万円)で2003年に『BORDER LINE』を監督、本格デビューします。その後、2006年に『フラガール』で映画賞を独占、以後、『悪人』『怒り』などの名作を経て、昨年の『国宝』に至ります」

 PFFからはほかにも、森田芳光、石井聰亙、黒沢清、橋口亮輔、矢口史靖、荻上直子など、錚々たる監督たちを輩出している。また、2020年からは、PFFの主催で大島渚賞を設立(大島渚はPFFの審査員を長年つとめた)。こちらはすでに活躍している映画監督の作品を顕彰している。

「この国では、いまでも年間600本もの日本映画が公開されています。それはPFFのおかげだという方がいます。乏しい資金でも、とにかく映画をつくって、多くのひとに観てもらいたい――それはPFFによって養われた精神だというわけです」

「ぴあ」も「とぶ!ぴあ」もアプリ版も、まず、映画がジャンルの中心となっているのは、そんな矢内社長の映画への情熱があるからなのだろう。

 最後に、“紙”で「ぴあ」を復活させた立場から、昨今の出版不況を、どのようにご覧になっているかをうかがった。

「マンガのある出版社は好調なようですが、たいへんな時代になったと思います。返品制度や再販制度など、日本の出版界独特の問題があるともいわれますが、やはり、若い人たちが本を読まなくなったことが大問題だと思います。検索機能やAIのおかげで、なんでもすぐ回答が得られる。よって、本を読んで知識を得る必要がなくなってしまった。もっと脳をアナログ的に使って思考する経験を増やさないと、ますます本は読まれず、出版業界は委縮してしまうと思います。それには、なにか社会的な変革やキャンペーンでも起きないかぎり、無理かもしれません。実は、映画や音楽、演劇もおなじです。むかしのアナログ志向でつくられた映画や、配信ではない生のステージで音楽や演劇に接しないと、わたしたちは、自分の頭でモノを考える力を失ってしまうような気がするんです」

「とぶ!」先にあるものを、自分の頭で見つけられるかどうか――QRコードはデジタルだが、月刊「とぶ!ぴあ」は、アナログ精神が根底にある雑誌なのだ。
(一部敬称略)

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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