秀吉と秀長は「戦国時代では異例の関係」「二人の女性関係は正反対」 『豊臣兄弟!』を楽しむための七つの視点を専門家が解説
自分は醜いと認めていた秀吉
5番目は、史料に見る登場人物のルックスに焦点を当てたい。だが、秀長に関しては、有名な肖像以外に手掛かりがないので、秀吉と信長を見ておこう。
容姿や外貌を記すのははばかられたのか、同時代の史料には、ほとんど記録がない。だが、宣教師にはそんな遠慮はなかった。前出の「日本史」には、信長についてこう書かれている。
〈彼は中くらいの背丈で、華奢な体躯であり、髯(ひげ)は少なくはなはだ声は快調で、極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格であった〉
細身で甲高い声だったのだろう。片や秀吉のルックスだが、フロイスが通訳を務めた際の逸話がある。
〈関白はフロイスに言った。「皆が見るとおり、予は醜い顔をしており、五体も貧弱だが、予の日本における成功を忘れるでないぞ」と〉
秀吉は自分が醜いと認めていたのだ。また、フロイスはこうも書く。
〈彼は身長が低く、また醜悪な容貌の持主で、片手には六本の指があった。眼がとび出ており、シナ人のように鬚が少なかった〉
指が6本という記録はほかにもあり、史実と考えられる。多指症といい、現代では幼少期に手術され、戦国時代も切り落とすことが多かった。秀吉は幼時に貧しかったので、その機会を逸したのかもしれない。
精密に再現された城
外貌について、もう一人取り上げておく。浅井長政である。長政は「戦国一の美人」ともいわれる市の夫だからか、ほとんどのドラマで細身のイケメンが演じ、今回の中島歩も同様だ。しかし、肖像に描かれた長政は恰幅(かっぷく)がかなりよく、二重あごが特徴的で、大柄の力士か、それ以上の巨漢にしか見えない。
身長や体重は分からないが、姉の見久尼(けんきゅうに)は、身の丈が5尺8寸(約176センチ)、目方が28貫(約105キロ)だったと伝わる。男の長政はそれより一回りは大きかったのではないだろうか。
6番目には、登場する城のCGがリアルに作られている点を挙げる。
例えば織田信長の岐阜城(岐阜市)。信長の居館跡は山麓の谷筋にあり、最下段から最上段まで30メートルほどの高低差を利用して、宮殿と庭園が複雑に入り組み、最高層の建物は、後の安土城天主の先駆というべき先進的な4階建てだった。それが発掘調査やフロイスの記述などに基づき、精密に再現されている。
録画で見る場合、一時停止して細かく観察するといいと思う。今後、安土城や大坂城など、さらに豪華な城がCGでどう再現されるか楽しみだ。
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