人妻がやたらとグイグイ頼ってくる 不在がちな夫の代わりに息子の家庭教師、棚の修理まで…45歳男性を待っていた“おあずけ”より辛い仕打ち

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【前後編の後編/前編を読む】妻への「劣等感」が消えない 有名企業勤務でシゴデキ、一方の僕は無職で酒びたり…「あなたは悪くない」と支えてくれた妻が別れを告げたワケ

 地方の小さな商店の次男として生まれた海老名信克さん(45歳・仮名=以下同)は、スポーツ推薦で入った大学をケガで中退し、生きる気力を失いかけたとき、マネージャーだった瑛美子さんに支えられた。その後、結婚し娘に恵まれたが、有名企業で活躍する妻への劣等感は消えなかった。勤め先が倒産し、酒に溺れるようになった信克さんは、専門病院に入院。それでも妻は彼を見捨てなかったが、立ち直るために身を寄せていた実家を離れ、もう一度妻子と暮らそうとした矢先、瑛美子さんから離婚を切り出された。彼女のもとには、新たなパートナーがいた。

 ***

 離婚してからは実家にいるのも気が引けたので、信克さんはささやかな父の遺産を手に、再度、上京した。ハローワークに通ったものの、社会とのブランクが長かったことがネックになり、なかなか就職は決まらない。

 遠い親戚が保証人になってくれて決めたアパートの近くにスーパーができた。アルバイトを募集していたので、信克さんはいち早く応募した。何ができるのかと聞かれて、青果部門を希望した。

 信克さんの父は商店を経営しながら、畑で野菜を作っていた。野菜作りが好きでたまらないという人だった。近所からも「おいしい野菜を作る人」と認識されていたという。

「僕も高校生まではよく手伝っていました。野菜作りなんて好きでもなかったけど、確かに父の野菜はうまかった。それがよくわかったのは東京へ行ってからです。だから退院後、実家に戻って父の野菜を食べたとき、これで元気になれそうだという気がした」

やっと真人間になれた

 彼自身、いつしか野菜の目利きができるようになっていた。他に希望者がいなかったのか、野菜に慣れていない人が多かったのか、彼は青果部門のひとりとして採用された。

「少しずつ仕入れにも口を挟ませてもらったんです。こういう旬の野菜を入れて、調理方法のメモもつけて売ったらいいんじゃないかとか。それが少しずつ近所の主婦たちの評判になっていって、3年後に正社員として雇ってもらえることになった」

 やっと真人間になれたと思ったと彼は笑った。笑うと顔がくしゃっとなってえくぼが浮かぶ。ある種の女性たちの母性をくすぐるタイプかもしれない。

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