「国宝」の2時間55分はまだ短い! 5時間10分の超大作オペラ映画「トリスタンとイゾルデ」 長くて危険ながら“圧倒的な鑑賞体験”
休憩時間の対処法と、3つの見どころ
今回の公演は、30分という、「トリスタン」としては短めの幕間が2回あります。しかしその間、スクリーンではインタビューや解説があるので、映画としての休憩は、約10分間です。さっそくトイレに行くわけですが――実は、その間も、映像はつづいています。幕内の舞台転換作業を、見せるのです。膨大な数の裏方スタッフが、巨大なセットを動かし、次の幕の舞台をつくりあげます。初めて観る方は、こんなところまで映すのかと、おどろくでしょう。舞台関係者は、興味津々のはずです(同時に、なぜチケット代が高額なのかもよくわかります)。しかし見入っていると、トイレに行く時間がなくなりますから、思いきって席を立つようにしてください(スクリーンに、カウントダウン・タイマーが出ます)。もし軽食を食べるとしたら、この10分間ですませることになるので、おにぎりやスナックなど、簡単につまめるものにしておくほうが無難です。もちろん、水分補給も必要ですが、最低限に。ただし、あくまで「映画」なのですから、我慢できなくなったら無理せず、途中退席しても大丈夫です(上映中の出入り口にかんしては、案内があります)。
今回のイゾルデ役はノルウェーのリーゼ・ダーヴィドセンで、なんと双子を出産した直後の本格的復帰公演です。その驚異的な声量と歌唱力には、度肝を抜かれるでしょう。トリスタン役はアメリカのマイケル・スパイアーズが初役で見事に演じます。彼はテノールですが、低音のバリトンまで出せるので「バリテノール」と呼ばれる稀有な歌手です。演出はアメリカのユヴァル・シャロン。彼はワーグナーの本家、バイロイト祝祭に、アメリカ人として初めて起用された演出家で、独特な舞台を見せてくれます。旧来の「トリスタン」とはかなりちがった解釈ですが、特に演劇ファンにとっては見どころ満載だと思います。
最後に、初体験の方向けに、見逃してほしくない点を3つ。
案内役は、アメリカの人気ソプラノ歌手、リセット・オロペーサです。大柄な歌手が多いオペラ界ではめずらしく、華奢でかわいらしい女性です。今期の〈MLV〉では、ベッリーニ「清教徒」に主演していました(すでに上映終了)。画面のなかで、「わたしも昨日、ここでヴィオレッタ(椿姫)をうたいました」と言うので、ぜひ観たいと思う方もいるでしょうが、残念ながら、彼女の「椿姫」は今期の上映はありません。
次に――第3幕の最初で、イングリッシュホルンのソロが、えんえんと流れます。この楽器はオーボエの仲間で、ドボルザーク《新世界より》の有名な旋律「家路」(遠き山に日は落ちて)で知られる楽器です。通常、舞台裏(ステージ袖)で演奏することが多いのですが、今回は奏者が「演技者」もかねて舞台に登場するので、注目です。また、イゾルデ到着を舞台裏から告げる〈笛〉の音も、楽譜上はイングリッシュホルンなのですが、ここはワーグナー自身が「できれば木製のアルペンホルンのような響きの楽器で」と指定しています。では、今回は、どんな楽器が使われるのでしょう。指揮のヤニック・ネゼ=セガンが、楽屋で楽しそうに解説してくれるので、お見逃しなく。
最後に――すくない出番ながら重要な役が、物語のキー・パーソン、イゾルデの侍女ブランゲーネです。今回はロシア出身のベテラン、エカテリーナ・グバノヴァが、素晴らしい演技と歌唱を見せてくれます。彼女はメゾ・ソプラノでわき役が多いのですが(何度か来日もしています)、2005年、パリ・オペラ座でのブランゲーネ役が絶賛され、以後、当たり役となりました。今回も幕間インタビューで「わたしはブランゲーネ役とともに20年間、歩んできました」と誇りをもって語っています。こういう大ベテランのわき役がいてこそ、METの高水準な公演は実現できているのです。
〈METライブビューイング2025-26〉~ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」は、5月14日まで、東京・東銀座の東劇で上映中(ほかの劇場は上映終了)。詳細は公式HPで。



