「国宝」の2時間55分はまだ短い! 5時間10分の超大作オペラ映画「トリスタンとイゾルデ」 長くて危険ながら“圧倒的な鑑賞体験”
〈METライブビューイング〉の楽しみ方とは
そもそも〈METライブビューイング〉(以下〈MLV〉)とは何なのでしょうか。ファンの方には釈迦に説法ですが、未体験の方向けに簡単に説明しましょう。
これは、メトロポリタン歌劇場のやり手総裁、ピーター・ゲルブの発案で2006年よりはじまった企画で、日本では松竹が配給しています。10台以上のカメラを駆使した高精細映像とサラウンド音響による生中継を、映画館の大スクリーンで観るものです。サッカーや大リーグの〈ライブビューイング〉と同じです。
現在、世界70ヵ国、2200館以上に配信されています。北米とヨーロッパは、衛星経由の生中継です。毎回、ニューヨークのマチネー(昼公演)を中継し、ヨーロッパでは夕刻~夜の時間帯に観られるようにしています。
ただし日本では、時差の関係で生中継は無理なうえ、日本語字幕を入れるので、約1か月遅れで、録画で上映されます。のちのネット配信やDVD化はないので、映画館へ行って“体験”するしかありません。現在、国内21館で上映されています。
第一弾は、2006年12月31日に上映された、モーツァルトの「魔笛」でした。会場は、改築前の歌舞伎座(京都・南座でも上映)。現地で前日に上演された映像を光ファイバー・ケーブルで日本へ送信し、字幕と合成して大晦日に上映するという離れ業でした。
この「魔笛」は、「ライオンキング」でおなじみジュリー・テイモアの演出で、英語上演、100分短縮版の“ファミリー向け”公演でしたが、その楽しさ、鮮明な映像とすばらしい音質におどろいた記憶があります。実際のMETは3800人収容のマンモス劇場ですから、よほど前方席でないと、歌手の表情や演出の細部は、わかりません。しかし〈MLV〉ではアップの映像も多く、見応え十分でした。まさに「オペラ鑑賞新時代」の扉が開いたと思いました。
魅力は、舞台中継だけではありません。毎回、案内役(人気オペラ歌手)が登場し、幕間に、いま出演を終えて息が切れている歌手を舞台袖でつかまえてインタビューするなど、リアルな生レポートが売り物です。近年は、エキストラの馬やロバへの「インタビュー」や、小道具係による「武器ガイド」など、ユニークな解説が続出しています。カメラに向かって、母国で観ている家族や友人にメッセージをおくる歌手も多く、微笑ましい光景です。
〈ライブビューイング〉ですから、アクシデントもそのまま中継されます。今シーズンの「アラベッラ」では、主役の女声歌手が、椅子に座る際、横のテーブルを倒してしまいます。しかし、笑ってすませていました。
また、2014年の「ラ・ボエーム」では、当日朝になって主役が急病で降板。急きょ、前夜の「蝶々夫人」を終えて明け方にホテルで寝入ったばかりのクリスティーヌ・オポライスが呼び出され、昼からの公演に本番ぶっつけで代役出演。ハラハラしながら観ましたが、見事にこなしていました。開演前、ゲルブ総裁が舞台に登場し「これから、みなさんは貴重な舞台を体験します。MET始まって以来、前夜に蝶々さんをうたい、翌日の昼にミミをうたう歌手は彼女が初めてです。どうか応援してあげてください」とスピーチしたのには、感動させられました。
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