「服を脱がされ、膝の上にブロックを置かれ…」 『埼玉愛犬家連続殺人』犯人の息子が明かす“恐怖支配” 「飛び降りて死ね、と言われたことも」
「このままでは息子は殺される」
事件が起きる前年の92年12月、アフリカケンネルに税務調査が行われる。「離婚をして不動産名義を風間に移し、関根には県外へ出てもらい、別居したほうがいい」とのアドバイスを風間は弁護士から受ける。それを胸に秘めていた風間だが、年が明けた1月16日、それまでを超える虐待が、A男に加えられた。2階の階段の上からA男は、関根に突き飛ばされて階下の壁にぶつかる。壁板が割れた。服を脱がせて玄関先に座らせるいつもの虐待に加えて、関根はA男を木刀でたたき続けた。
必死で止めた風間は、このままでは、いつか息子は殺されてしまう、と思い、離婚を決意したという。弁護士からのアドバイスを伝え、税金対策のために籍を抜こう、と風間は関根に提案した。
風間は控訴審第12回公判(2004年9月15日)で語っている。
「離婚を切り出すときは命懸けでした」「暴行を受けるかもしれない。しかし、ここで切り出さなければと思い、離婚届にハンを押してもらうことだけを考え、『別れてください。子供の親権は私にください』と言いました」
課税を逃れるための偽装離婚だと信じて、関根はそれを承諾する。93年1月25日、法的な離婚が成立した。
家を出た関根は2月からは、前年に知り合ったばかりの、X(注・共犯者として後に有罪判決を受けた男性)の家に住み始める。Xはブルドッグを飼いブリーダーを目指しており、勉強になるからと関根の運転手などを引き受けていた。群馬県片品村のXの家は、国鉄(現JR)から買った貨車2台をL字型に置き改造したもの。地元では「ポッポハウス」と呼ばれた。今は何もない原っぱに、コンクリートブロックだけが残っている。
風呂場で刻まれた遺体
最初の殺人が起きたのは、93年4月20日。この時、関根が51歳、風間が36歳、Xが37歳である。犬の売買で関根とトラブルのあった男性が殺された。39歳だった。
続いて7月21日には、暴力団幹部の男性が殺される。51歳だった。彼は最初の殺人に気付いて関根をゆすっていたのだった。同時にこの男性といつも一緒にいる付き人の男性も殺害される。21歳だった。
8月26日に殺されたのは、54歳の男性。関根は彼に、法外な値段で犬を売りつけた上、偽の投資話で金を巻き上げている。
いずれの遺体も、ポッポハウスに運ばれ、風呂場で解体された。刻まれた肉片は、近くの渓流に流される。高温で燃やされて粉になった骨は、山林に捨てられた。
関根とのトラブルを、最初の殺人の被害者の妻は知っていて、埼玉県警行田警察署に伝えている。万吉犬舎やポッポハウスを捜査当局は監視していたが、それをかいくぐっての犯行である。関根の殺人者としてのエキスパートぶりがうかがえる。
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