「服を脱がされ、膝の上にブロックを置かれ…」 『埼玉愛犬家連続殺人』犯人の息子が明かす“恐怖支配” 「飛び降りて死ね、と言われたことも」
「逃げられないように、無理矢理……」
関根に出会う前の風間は、東京都北区にある中央工学校で測量を学び、卒業すると熊谷市内の測量事務所に勤めた。土地家屋調査士として独立しようとしていた父親を、いずれ手伝おうと考えてのことだ。76年に銀行員と結婚するが、夫の女性問題で82年に離婚している。
地道に暮らしてきた風間の目には、放埒(ほうらつ)で野性的な関根が、新鮮で魅力的に映ったということは想像に難くない。
結婚すると、風間は両肩に刺青を入れる。B子はそのことを思い起こす。
「母は父を慕ってました。父の写真を持ち歩いていたほどです。父に合わせて無理してたばこを吸うようになったり、刺青も入れていました」
A男は違った見方をする。
「慕って入れたんじゃなくて、逃げられないように、関根に無理矢理入れられた。そう、お袋から聞きました」
関根は風間以前に、2人の女性との結婚歴がある。彼女たちにも関根は刺青を入れさせていた。関根自身も、背中にライオンの刺青を入れている。
関根との紐帯(ちゅうたい)として入れた刺青が、しだいに風間にとって、枷鎖(かさ)のような重みを持ってきたのかもしれない。
「家族一緒は、ほとんどない」
関根によるDVが目立つようになってからは、どんな家族だったのか。
「おうちで食卓を囲んだことっていうのが、ほぼない。記憶にあるのが1回くらい。外で食べる時は従業員さんも一緒で、話すのは仕事のことでした」
B子の言葉に、A男も同様に語る。
「ばあちゃん(風間の母親)が来て作ってくれる食事を食べるんで、家族一緒というのは、ほとんどなかったですね」
空っぽの一等地
DV被害者たちの体験談を読むと、別れるという結論にはなかなか至らないようだ。「私が彼を怒らすようなことをしなければ」などと、言動に気を付けて暴力を回避しようと考えるケースが多い。
風間はアフリカケンネルを盛り上げることで、いい関係に持っていこうとしたようだ。86年には、犬の飼育・繁殖を行っていた「万吉犬舎」に事務所と従業員寮を兼ねたログハウスを建設。「万吉」は地名である。翌87年には、熊谷の中心地に、ペットショップを開店した。関根が万吉犬舎で仕事をし、風間がペットショップを切り盛りし、お互いの距離を保つこともできた。
ペットショップは3階建て。アラスカン・マラミュートとライオンの大きな写真が掲げられ、「犬猫狼」の文字があった。目の前に八木橋デパートがあり、近辺には銀行も並ぶ。そこは今、駐車場となっている。熊谷では一等地なのに、そこだけ歯が欠けたように建物がない。
そこから、国道407号線を荒川大橋を渡って南に2kmほど行った田畑に囲まれた地に、万吉犬舎があった。屋根には「犬猫狼」「犬はアフリカケンネル」という二つの大看板があった。犬舎は今も朽ち果てながら残っているが、窓などはほとんど破れ、建物の中は乱雑に散らかっている。ログハウスの天井のシャンデリア風の照明器具はそのままだ。
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