「中森明菜さんは『少女A』に拒否反応を」 作詞家本人が明かす秘話 「同業者で衝撃を受けたのは桜井和寿さん」
桜井研究のために車を買い替え
〈このように喜怒哀楽に満ちた売野の作詞家としての45年間の道のりは充実していて、競合する同業者の存在を脅威に感じたこともほとんどないという。〉
それでも、強いて挙げると、Mr.Childrenの桜井和寿さんには仰天しました。「innocent world」を聴いて、どうしたらこんな詞を書けるのか。大袈裟に言うと、オレ、終わっちゃったの? 時代に置いていかれた思いでした。ミスチルの詞のどこが新鮮だったかというとね、全部です。全てが新しかった。
そんな新鮮な感覚を自分のものにしたい。強烈な欲望が湧き上がりました。嫉妬ではないんです。むしろ愛情とかエキゾチックなものへの憧れといった言葉の方が近い気がします。
なんとしても桜井さんの生活観や価値観、倫理観にまで触れてみたい。そう思った。で、ミスチルが所属するレーベルの社長と親しかったので、すぐに電話して桜井さんの乗っているクルマの車種を尋ねました。クルマは持ち主のライフスタイルそのものであり、車種を知れば生活の輪郭くらいは見えるからです。でも、不審に思ったことでしょうね(笑)。いきなりですから。
愛車はフォルクスワーゲンのゴルフのワゴンでした。そこから引き出せるキーワードは「実用」とか「質実」。当時の僕の愛車はスポーツ車。桜井さんとは対極です。半ば冗談のように、しかし真剣な気持ちで、僕はオープン・カーをボルボのワゴンに買い替えました。
桜井研究は数カ月やりました。デビュー・アルバムから時間をかけて聴きました。分析的に何度も聴いたので、彼の発声に山形か秋田の訛りがあることにも気が付いた(笑)。東京生まれのシティボーイだと思っていたので、これもレーベルの社長に電話でただしました。「東京の練馬出身ですよ」の答えに、僕の事務所のスタッフは「桜井ノイローゼです」と大笑いです。
偶然から天職
しかし、数カ月後、月刊カドカワに「ミスチル大特集」が組まれ、その中に「少年時代は毎夏山形の祖母の家で過ごした」という記述を見つけ、敵を取ったような気分になりましたね(笑)。それにしてもシツコい性格ですね。そんな自分だから書き続けていられるのかもしれません。喜びも、悲しみも、起きたすべてが作品化されるのが作詞家です。そんな生々しい職業に就いたことに幸せを感じています。
若い頃偶然に始まった仕事ですが、いまでは僕の天職だと思います。
ヒット曲が生まれると、街の至る所で自分の書いた歌が流れていて、それを偶然不意打ちのように聴くと恍惚となります。作者にとっては無上の喜びですね。かつて香港の街を歩いているときに、不意に明菜さんの「禁区」が聴こえてきたことがあって、あっ!と思わず辺りを見回してしまいました。うれしかったですね。分身のような言葉ですから。自分が書いた詞に自分がしびれた。至福の瞬間です。
(構成 神舘和典)
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