〈辺野古転覆事故〉「反対協の船は以前にも人が死にかねない事故を」 名護市議が明かす 違法駐車、屋外トイレの悪臭問題も
【全2回(前編/後編)の前編】
3月16日に沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高校の生徒ら21人が乗船していた2隻の小型船が転覆し、同校に通う17歳の女子生徒と、「不屈」の船長の金井創さん(71)が亡くなった事故。次々とずさんな運用体制が露見する中、渦中の当事者が初めて重い口を開き、胸の内を吐き出した。
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高校生活で最も胸の高鳴るイベントが悪夢に変じたのは、澄み渡ってはいても波浪注意報が発令された海上でのことだった。
「修学旅行で辺野古に来ていた京都・同志社国際高校2年生の生徒たちが乗り込んだのは、〈不屈〉〈平和丸〉という2隻の小型船でした。まず〈不屈〉が転覆し、助けに向かった〈平和丸〉も続けて転覆してしまいました」(社会部デスク)
21人が海に投げ出され、
「〈不屈〉の船長の金井さんと〈平和丸〉に乗っていた一人の女子生徒が溺死。救助された生徒のうち10人以上が骨折などのケガをしました」(同)
あまりに痛ましいが、その後の展開も目に余った。
「同日、船を運用していたヘリ基地反対協議会(以下、反対協)が会見を開きました。〈不屈〉も〈平和丸〉も、彼らが抗議活動で使う船。本土と沖縄では喪服のマナーが異なるとはいえ、反対協のメンバーは会見に普段着で現れた。腕を組んでふんぞり返っているような男性もおり、世間の怒りの火に油を注いだのです」(同)
金井船長の素顔
一方、3年前から海上での見学を行っていた同志社国際高校も非難を浴びた。
「事故の翌日、同校の校長らが会見を開きましたが、他人事のような空々しさを指摘する声が相次いだ。また、反対協と連携した修学旅行のプログラム自体が問題視されました」(前出の社会部デスク)
そもそも、反対協とはいかなる団体なのか。
「1997年に結成された反対協は、米軍普天間基地の辺野古移設に反対する“オール沖縄”の母体となった、由緒のある団体です」
とは、『沖縄の不都合な真実』の共著者である評論家・篠原章氏である。
「この団体を出発点にして、辺野古移設反対運動は徐々に膨らんできた。これまで、社民党の福島瑞穂参議院議員をはじめ多くの著名人や野党議員が、辺野古に来た際には、彼らの小型船に乗っていました」(同)
そのような団体と同志社国際高校にどのようなつながりがあったのかというと、
「亡くなった金井船長は日本基督教団の牧師でもありました。キリスト教主義をうたう同志社国際の関係者を通じ、修学旅行の受け入れ先になったといわれています」(前出の社会部デスク)
篠原氏は、金井船長と面識があったといい、
「牧師として反戦を訴える場面に居合わせたことがあります。対応は丁寧で、語り口のやさしい方でした。いわゆる“活動家”という感じはなく、記者会見に出ていた労組や市民運動出身のメンバーとは雰囲気も全く異なっていました」
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