「ふたりで死んじゃおうか」49歳夫はナイフを手に…“運命の恋”は皮肉な結末で終わるのか

  • ブックマーク

駆けつけてきた妻のひと言

 病院に駆けつけてきた妻は、言ってくれればよかったのに。あなたに死なれるよりは離婚のほうがマシよと春佳さんは言った。一緒にいた娘は、軽蔑したようなまなざしを向けて、一言も発しなかった。

「それからすぐに離婚して、瑠美と暮らし始めました。ただ、1度は命を捨てようとしたわけだから、なんだか僕の中ではそこですべてが終わったという感じになっちゃったんですよね。瑠美との生活は滞りなく進んでいるけど、娘とも息子とも言葉を交わさないままだったから、なにか釈然としない感じが残っていて」

 春佳さんは、おとうさんが別の女の人と暮らすことになったと正直に娘に伝えたらしい。それがいけないことではない、しかたのないことだとも言ったそうだ。それでも18歳の娘にとって精神的な影響はあるだろう。

 離婚から1年たって、正貴さんはこの春、娘に会いに行った。大学の学費は正貴さんが支払っている。どうしても自分に出させてほしいと春佳さんに懇願したのだ。せめてそのくらいは父親としてしてやりたい、いや、させてもらいたいとひれ伏すように頼んだ。

「娘は会ってくれましたが、あまり話はしてくれなかった。一言、『恋って、家族への愛情より強いの? 大事なの?』と僕をひたと見つめたんです。答えられなかった。1度は別れたけど再会して……ということも言えなかった。いつか娘にわかってもらおうなんて虫のいい話だと思いました」

 率先してあっさり離婚を選択した春佳さんだが、その心の内を考えるとよほどのショックを受けているはずだと正貴さんは言う。1度だけ、春佳さんの弟から連絡があった。

「義弟とは以前から仲よくしていたんですが、あのときはさすがにいろいろ恨み言を言われました。『ねえちゃんは、苦しいときほどあっさり笑って物事を決断するタイプなんだ。何が原因で離婚したのかはわからないし、ねえちゃんは何も言わない。ただ、ねえちゃんの気持ちだけは考えてやってほしい』と。僕が全面的に悪いとしか言えなかったけど、これほど春佳や子どもたちを傷つけたことは、精神的にとても疲れました」

なんとも皮肉な結果に

 再婚できたら目的を達成したのだから、もっと浮かれた気持ちになっていいはずだった。だが、正貴さんと瑠美さんは「幸せ」を実感していないという。喜んでいてはいけないという抑制が働いてしまうので、なかなか手放しで楽しむことができないのだ。

 自分を解放して規制をぶち破って一緒になったふたりが、今度は世間の常識や家族への遠慮から今の生活を謳歌できないとは、人生や人の気持ちはなんと皮肉なものなのだろう。人としてもっと鈍感でもっと身勝手だったら、今の生活はもう少し楽しいものになっているのかもしれないが。

「我ながらバカな生き方をしているなと思います。あのころ、家族だけを見て自分を立て直したように、今度は瑠美だけを見て落ち着いて生きていくしかない。裏切り者の父親を許してもらおうなんて思ってはいけないと感じています」

 瑠美さんと一緒になったことを後悔しているわけではないが、これほどの罪悪感にまみれるとは思っていなかった。人間、いくつになっても予見できないことばかりですねと、正貴さんは少しだけ口を歪めて笑った。

 ***

 12年ぶりの再会をきっかけに再燃した“恋”は、このままモヤモヤを残したまま決着するのだろうか。正貴さんと瑠美さんの出会いと、1度別れを決めた関係性は【記事前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。