「ふたりで死んじゃおうか」49歳夫はナイフを手に…“運命の恋”は皮肉な結末で終わるのか
瑠美さんの結婚
また時間を縫うような逢瀬が始まった。仕事が忙しくなってきた、と妻に伏線を張ると、「なんだか張り切っているように見える」と妻は笑った。胸が痛んだが、もう自分を止める気にはなれなかった。
「それでも離婚を切り出すことはできなかった。妻は何も悪くないんですから。だけど日に日に、ここじゃない、僕がいる場所はここじゃないという気持ちが強くなっていく。彼女のほうはあれから努力を重ねて、デザインの仕事ができるようになったそうです。その過程で、仕事関係で知り合った10歳年上の男性と結婚した。でも、心が行き交うような関係ではないと寂しそうに話していました。ふたりとも、今いる場所ではないと感じていたし、早く一緒になろうと心は決まっていた。それなのになかなかことが進まなかった」
それでも1年後に彼女は離婚が成立した。「どうしてもひとりになりたい、ひとりになって勝負したい」と夫に訴えたそうだ。定年間近の夫は「退職金を半分渡すよ」と言ってくれたが、それは断り、ひとりでワンルームマンションを借りた。
「いっそふたりで死んじゃおう」
それ以来、そのマンションがふたりの密会場所となった。瑠美さんは責めなかったが、彼はいつでも肩身が狭い思いを抱えていた。
「なかなか離婚を言い出せないんだと、彼女に言ったことがあるんです。彼女は『わかった』と一言だけ。しばらくたったある日、彼女が『いっそふたりで死んじゃおうか』とつぶやいた。前向きでいつも明るい彼女がどうしてあんなことをつぶやいたのか、そして僕も『そうしたら、僕らの愛は永遠になるね』なんて言ってしまったのか……」
恋と家庭の両立に疲れたのだろうか、あるいは離婚して再婚しても決して心が晴れないと予測していたのだろうか。彼の気持ちは、瑠美さんのその一言をきっかけに、どんどんネガティブな方向へと引っ張られていった。
「どうやって死のうか。そればかり考えていました。ああいうマイナススパイラルに入ると、抜け出せなくなるんですね。しかも自分が間違っていると思わない。この道を突っ走るしかないと思ってしまった」
ふたりで海に飛び込むか、あるいは雪の中に埋もれて息絶えようか。そんなときでも人は苦しさが少なくなるような選択をしたくなるものらしい。
「結局、そんなことを考えているうちに、いや、そうじゃない。死ぬならここで死ねばいいんだと思って」
私が寝ている間に首を締めてと彼女に言われた。睡眠薬を飲んで寝た彼女の顔を見ながら用意した紐を首に回したが、とてもそれを引く気にはなれなかった。大切な人の命を自分の手で殺めることなどできるはずがない。
「ナイフで自分の肘の内側を切りました。僕も薬を飲んでいたので、そのまま眠ってしまった。途中で目を覚ました彼女が救急車を呼んでくれて、結局、僕の傷は数針縫いましたが、たいしたことはなかった。それでも病院から警察へ連絡がいって、妻にはバレてしまいました」
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