妻への贈り物を買いに行ったら“店員と客”以上の関係に…「これは運命だ」49歳夫が舞い上がった細かすぎる共通点
【前後編の前編/後編を読む】「ふたりで死んじゃおうか」49歳夫はナイフを手に…“運命の恋”は皮肉な結末で終わるのか
「この人こそ自分の運命の人だ」「この人が本当に好きだ」という気持ちは、文字にする以上の熱情と、居所のないような焦燥感をはらんでいる。今、動かなければすべてが崩壊してしまう、一時も待っていられない。本来、そう思える人に出会えることが幸運なのだが、タイミングが悪いと、その感情を抱えていることが「地獄」となる。
【後編を読む】「ふたりで死んじゃおうか」49歳夫はナイフを手に…“運命の恋”は皮肉な結末で終わるのか
森永正貴さん(49歳・仮名=以下同)は、30歳のとき、2年のつきあいを経て同い年の春佳さんと「デキ婚」をした。そのうち結婚しようと思いながら一緒に生活していたので、妊娠は結婚のいいきっかけとなった。
「彼女とは友だちの飲み会で知り合ったんですが、いつの間にかつきあっていたという感じ。自然と距離が縮まりました。結婚しようと決めたときも、この先は共働きをしながら子どもを育てていこうとふたりとも思っていた。とても対等な関係だった。彼女は兄と弟にはさまれた唯一の女の子で、家族仲がものすごくよくて。僕も彼女の実家に行くのが楽しかったくらいです」
正貴さん自身は、6歳のときに両親が離婚、その2年後に父は再婚した。相手の女性には当時5歳の娘がいた。父はその娘に気を遣い、継母は彼に気を遣ってくれた。正貴さんは子どもらしく振る舞おうと意識していたという。
「8歳のときに新しい母が来たんですが、男の子っぽくいたずらをしたりちょっと乱暴な言動をとると、『まったく男の子は……』と言いながらも、どこか継母がうれしそうだったんですよ。外で遊んで着る物を汚したり、ときには妹を驚かせたりしていましたね。したくてしていたというより、継母を喜ばせたかった」
「家族ごっこ」
子どもなりの気遣いだったのだろう。みんなが気を遣っていたから、一家は表面上はうまくいっていた。だが高校生くらいになると、正貴さんは「家族ごっこ」に疲れてしまったという。だんだん仏頂面をしていることが多くなったが、その時期の男の子はそういうものだという目で見てもらえる。それに甘える形で大学を受験、生まれ育った地方都市から東京に出てきて、それ以来は年に数回、実家に帰ればいいほう。家族を疎んじたわけではないが、優しい継母には今も遠慮がある。だからこそ、気を遣わずに親子関係を築いている春佳さんが羨ましくもあったし、こういう人と結婚して家庭を作りたいとも思ったのだろう。
「結婚して半年足らずで娘が生まれました。かわいかったし、娘を産んでくれた妻が愛おしかった。家族ってこういうものなんだなとしみじみ感じました。ちょうどそのころ、生みの母が亡くなったと知らされたんです。母の妹から連絡があったと父が言っていました。お葬式に行くかと聞かれて、僕は行かないと答えた。本当は行きたかったけど、継母に申し訳ないような気がして」
ただ、今でも「行っておけばよかった」と思うことがあるそうだ。せめて最後のお別れだけはしておくべきだったのではないかとときどき胸がひりつくという。
そんなこともあって、自分の家族はしっかり守っていこう、自分が妻と娘を幸せにしようという気持ちは強かった。夫婦は仕事の時間をやりくりして、どちらかが必ずきちんと娘を保育園に送り、迎えに行った。彼の仕事はシフト制だったので、ときには徹夜明けのまま娘を送っていくこともあった。それでも大変だとは思わなかった。
「もうひとりほしいねと話していたんですが、そんなとき僕が運命の女性に出会ってしまったんです」
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