「美智子さま」皇太子妃時代の“思いがけない訃報” 敬愛する伯父の葬儀で見えた皇室の「民間では想像もできないようなご配慮」
民間では想像もできないような「ご配慮」
それだけに、美智子妃は小さいときからこの伯父を尊敬され、また伯父のほうも聡明なこの姪を、ことのほか可愛がってきたらしい。そのほか、建次郎家の長女の絢子さんとは、年齢が近いこともあって、子供のころからお互いをニックネームで呼び合う仲だったという。
つまり今回、妃殿下にとっては、最も親しくされているご親戚の1人を失われたわけである。しかし、美智子妃はそれでも、3月21日の夜、東京・文京の自宅で行われた通夜には姿をお見せにならなかった。どうして行かれなかったのか。
そのへんの事情を、宮内庁関係者の1人は、次のように解説する。
「皇室がお出かけになるには、民間では想像もできないようないろんなご配慮があるのです。その第一は、警備に対するご配慮。お出かけになるということになると、警備の警官が動員されることになりますからねえ。それから、もうひとつは、弔問客に対するご配慮。お出かけになれば、どうしたって、一般弔問客の間に遠慮せざるを得ない空気を作ることになりますわね。そのへんをお考えになると、お通夜とか葬儀のような公式の席は、できるだけ避けるようになさるわけです」
そういえば、昭和41年、おふたりにとっては師であり、縁結びの推進者でもあった小泉信三博士が亡くなられたとき、葬儀に参列なさりたい希望をお持ちになりながら、それを避けられ、葬儀の直前に小泉邸へ出かけられて、最後のお別れをなさっている。
で、今回も正田邸には、3月22日に行われた密葬の直前、一般弔問客の最も少ない時間帯と予想される午前11時をお選びになったという。
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ご親戚の不幸に際し、これまでどのような対応がなされていたのか。第2回【「われわれとは身分が違います」 教え子が遠慮した「美智子さまの伯父」の葬儀、当時の侍従長らが明かした“皇室の葬儀事情”】では、当時の侍従たちが過去の実例を明かしている。



