「また一緒に遊べるの?」――病気で逝った弟へ、小学1年生のお兄ちゃんの涙の叫び

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 ご遺体を棺に移す納棺式は、故人の好きだったものや旅立ちに持たせたいものを副葬品として添え入れながら、遺族が最後のお別れをする時間。

 それは大切な家族との永遠のお別れを哀しむだけの場ではなく、絆とつながりを紡ぎ直してゆくかけがえのない機会……。

 4000人以上を見送ってきたベテラン納棺師の大森あきこさんが、忘れられないお別れを綴った『いつもの場所に今もあなたがいるようで』から、一部抜粋して紹介します。

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 葬儀の時に泣けない方、泣きたくないと踏ん張っている方はたくさんいらっしゃいます。

 それは子供でも同じです。本来、我慢することなく自分の感情に正直なはずの子供が涙を我慢している姿は、心が痛みます。それと同時に、子供が大切な人とのお別れという体験から、いろんなことをしなやかに学んでいく様子を間近に見て感じることもあります。
 健太君と会ったのは弟さんの納棺式でした。健太君が小学校に上がるという時に、小さなころから病気と闘っていた弟の翔太君が亡くなりました。

 葬儀場の簡易なベッドに寝ている翔太君は、聞いていた年齢よりもとても小さく見えました。両脇にはぬいぐるみが飾られています。

 小学生になったばかりの男の子なら落ち着いて座っていることも大変なのに、健太君はお母さん、お父さんの傍で物静かに座っています。だけど膝に置かれた手は緊張しているように、ぎゅっと握られていました。

 お父さんとお母さんに冷たい小さな体を拭いてもらっていると、健太君も自分から翔太君の手や足を一生懸命拭いてくれました。口数は少なそうですが、普段からとても優しいお兄ちゃんなんだろうと感じました。

 お母さん、お父さんは、ほんとに頑張ったねと亡くなった翔太君に何度も声をかけます。そしてお兄ちゃんを気遣い、説明するように、

「翔太はもう痛くないんだよ。ゆっくり寝ているから、よく頑張ったって褒めてあげようね」

 と声をかけます。

 健太君は何も言わず静かに横たわる翔太君の顔をじっと見ていました。

 今回は普段のお洋服を着せた後、皆さんに靴下をはかせるお手伝いをしてもらいました。いつもかぶっていた毛糸の帽子をかぶせてあげると、棺へとお体を移します。

 小さな体をシーツで持ち上げ、小さな棺にそっと寝かせます。細い腕には治療の注射痕が見えます。この小さな体でどれだけの治療に耐えてきたのか想像もできません。

「みんなで泣こう」と言ったお父さん

 翔太君が眠る小さな棺に、大好きだったキャラクターのぬいぐるみを一つずつ入れていきます。誰も何もしゃべりません。一言、言葉が出てしまったら、全て崩れてしまいそう――そんな緊張感がありました。

 健太君はテーブルの上に用意されたぬいぐるみたちを、じっと見ていました。

「翔太が天国で遊べるように入れてあげようね」

 とお母さんから説明をうけると、わかったと一つ一つ運んで棺の近くに持っていき、どこに入れるか悩みながら置いていく様子は、弟におもちゃを渡す優しいお兄ちゃんそのものです。

 テーブルの上に置かれたぬいぐるみやトレカもどんどん少なくなっていきます。

 今まで棺とテーブルを往復していた健太君の動きが止まりました。

 しばらくじっとした後、棺の中のぬいぐるみの一つを取り出し、天井に突きだすように高く掲げ、

「また一緒に遊べるの?」

 絞り出すように言いました。傍にいたお父さんがあたまを優しくなでても、健太君は上を向きながら、自分が流している涙を何度もぬぐいます。たくさん流れてくる涙に負けないように全身で踏ん張っているのがわかります。

 こんなとき、納棺師は何もできないことを突きつけられます。棺の傍から離れて遺族全員が見える位置へと下がりました。健太君の言葉に、お母さんの我慢していた感情もダムの決壊がおこったように溢れ出します。

 そんな中で、たまらずに健太君を抱きあげたお父さんの一言が式場に響きました。

「みんなで泣こう」

 その声は涙をこらえながらも、心の底から出てくるような響きを持っていました。私もそれでいいと思いました。

 こんな小さい子の死に納得できる人はいません。私はご家族だけを式場に残して入り口の扉を外から静かに閉めました。扉が閉まったのを確かめると、ようやく息継ぎをするみたいに深く息を吸い込んで、ゆっくり時間をかけて吐き出します。

 遺族を中に残した式場の様子は、外からはとても静かに感じました。

 言葉を交わさなくてもいい。小さな棺の周りで過ごす遺族だけの時間が、これから生きていく残された人たちにとって必要な、大事な時間であってほしいと願います。

残された人たちにとって必要な大事な時間

 お葬儀は泣かなくてもいいし、泣いてもいい。

 納棺師は遺族が泣いていても怒っていても、普段と変わらないご様子だったとしても自然なことと心得ます。ただ、遺族に安心してお別れの時間を過ごしてもらえるよう、亡くなった方のお体の変化がないように整える。元気だった頃を思い出してもらえるように死化粧を施します。

 数分後、棺の蓋を閉めるために、私はまた式場の扉を開けました。外の空気とは全く違う空気が、部屋の中に流れているのがわかります。

 お父さんに抱っこされた健太君はまだ泣いています。お母さんも棺の縁に手をかけ、涙が流れるままに亡くなった我が子を見つめています。きっとお母さんも我慢をしていたに違いありません。

 わずかな時間を遺族がどう過ごしたのかは私にはわかりません。それでもそれぞれが自分の感情に蓋をして我慢している時間ではなかったような気がします。

 納棺式というお別れの時間に、翔太君の存在がみんなの中に刻まれるように。どれだけ大好きだったか、大切な存在だったかを伝えながら、遺族同士が想いを確かめあっている――。

 明日からまた家族の時間は進みだします。もちろん傍には翔太君の存在が必ずあると私は思います。

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『いつもの場所に今もあなたがいるようで』の一部を抜粋して再構成。

大森あきこ(オオモリ・アキコ)
1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。納棺師の育成やエンゼルケア講師としても活動。2025年一般社団法人ツナギノ森を設立。遺族のサポートをする医療・介護・葬儀の業界の方や一般の方向けのセミナーやワークショップなどを開催中。著書に『最後に「ありがとう」と言えたなら』(新潮社)

デイリー新潮編集部

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