「愛情の薄い人だった」と棺の前で語った娘 ゴミ屋敷で亡くなった父の“ポケットに入っていたもの”とは――

国内 社会

  • ブックマーク

 すれ違ったまま永遠にお別れすることになってしまった父娘。

 納棺式でお父さんの亡骸に掛けようとした上着から出てきた“思いがけない物”に、動揺を隠せない娘さんだったが……。

「人と人の繋がりは死によって途切れるのではなく、お別れの時間を通して、家族は絆を紡ぎ直してゆくのです」。そう語るのは、4000人以上を見送ってきたベテラン納棺師の大森あきこさん。今でも忘れられないお別れを綴った『いつもの場所に今もあなたがいるようで』から、目の前で繰り広げられた「まるで映画みたいな」エピソードを紹介します。

 ***

 亡くなった方は話すことが出来ません。だけど遺族は残された思い出のかけらを拾い集めて、亡くなった人からの言葉として受け取ることがあります。それが本当の言葉かどうかは、どうでもいいのかもしれません。でもそれは、これから生きていくために、確かに必要な大切な「言葉」なんだと感じます。

 時々、納棺式でうかがった家がとても汚れていることがあります。ゴミが山積みにされ足の踏み場もない部屋。今回の故人も、そんな家でお別れの時間を迎えていました。葬儀の担当者さんと故人の同僚の方と一緒に、スペースの確保をするためにゴミの山を一箇所に積み上げていきます。少しずつ見えてきた壁も、あちこち汚れが染みついています。

 一人暮らしの高齢者が増えています。家族にはいろんな事情があります。全ての高齢者の一人暮らしが寂しそう、可哀想とは思いません。ただ、汚れた部屋で一人で暮らしていた故人は、どんな生活をしていたのだろうと想像してしまうのは私の悪い癖なのでしょう。

 故人は60代男性。後から喪主の娘さんがいらっしゃると聞いていました。部屋を片付け、ようやく故人を寝かせるお布団と棺が部屋に入れられ、納棺式の準備ができました。

 自宅で倒れている故人を会社の同僚の方が発見し、そのまま病院に運ばれましたが数日後に亡くなったそうです。この同僚の方が、一緒に部屋の片付けや棺の搬入を手伝ってくれました。

 無精髭を剃っていいのか、葬儀の担当者さんに確認しようと探していると、娘さんと一緒に担当者さんが玄関から入ってきました。娘さんの顔が何だか怒っているように見えます。最初にお父さんの顔を見て言った言葉は「みっともない」でした。

 いきなり投げ捨てられた言葉に私はドキドキしながら、これから棺にお体を移すことを伝えました。そしてその前に髭を剃り、顔色を整えたいと話しました。

 娘さんは私に対しては丁寧に、「よろしくおねがいします」と頭を下げます。もしよかったら傍にいることもできますと伝えると、娘さんは布団の傍にあった椅子を引き寄せて静かに座りました。そこからはただじっと、髭を剃られていくお父さんの顔を見つめています。じっと眺めている表情は何かを考えているようでした。それを出来るだけ邪魔しないように進めていきます。

 お髭を剃られてさっぱりしたお顔に残ったわずかなシェービングクリームを、温かいお湯でしぼったタオルで拭いていると、「なんだか気持ちよさそう」と言って娘さんが力なく笑いました。

■「愛情の薄い人だった」と棺の前で語った娘

「父と会うのは久しぶりなんです」

 お支度が始まってから、彼女が初めて発した私への言葉を、取りこぼさないように受け止めました。

「どのくらい会ってなかったんですか」

 ちょっと彼女のエリアに入りすぎたかなと心配しながら、答えを待ちました。

「実は高校を卒業してから、会ったのは一度きり。子供が生まれて1歳の誕生日に近くの公園で会ったのが最後。そのときも早く帰れって言われて」

 娘さんが下を向いて笑っているように見えました。

「愛情の薄い人だったから」

 棺の中に、娘さんと同僚の方、担当者さんと私で故人の体を静かに横たえました。思ったより軽いお体でした。

「ママ!」

 と大きな声が聞こえました。部屋の入り口には娘さんのご主人と、小さな男の子が立っていて不安そうにこちらを見ています。

「おいで」

 と娘さんが呼ぶと、男の子はママのもとに走ってきて足元に抱きつきます。

「さっき話していたお子さんですか」

 と聞くと娘さんはうなずきました。

ポケットに入っていた贈り物

 棺の蓋を閉める前に葬儀の担当者さんが「何かお入れになりますか?」と尋ねます。娘さんはしばらく考えたあと、部屋を見まわし、椅子に掛けられたジャンパーを手に取りました。

「私が高校生のときから、こればっかり着ていたから」

 そう言って娘さんはジャンパーをぶっきらぼうに棺に入れました。入れられたジャンパーを整えながら、いつもの癖でポケットの中に何か残ってないか確認をします。そのとき、指先に小さな固いものが触れました。

 何か入っていますねとジャンパーを棺から出しポケットの中のものを取り出すと、それはどんぐりでした。

 今まで棺に入れる故人の衣服のポケットからお金やレシート、たばこやライター、ハンカチやポケットティッシュ、指輪、手紙、いろんなものが出てきたことがありましたが、どんぐりが出てきたのは初めてでした。

 ジャンパーを見せながらどんぐりを娘さんに渡すと、同僚の方が、

「それ、お孫さんにもらったどんぐりだよね」

 と娘さんに言いました。

「いつもお酒を飲みながら自慢してたよ。大事にしまってたんだね」

 目の前で起こっているのはまるで映画みたいな情景です。

「だってずっと前だよ、そんなことない、ない」

 と言いながら娘さんはどんぐりをずっとにぎったままです。

 亡くなった人はもう何も話しません。けれど、このどんぐりがずっと言葉にできなかった「何か」なのかもしれません。

「持って帰りますか?」

 と娘さんに聞くと、棺の中に戻したジャンパーを見つめた後、迷いながらも、小さなどんぐりを、そっと故人の胸元へ置きました。

 足元にしがみついていた男の子に向かって、娘さんはお母さんの顔で、

「じーじにバイバイしよう」

 と言うと、男の子は「バイバーイ」と故人に向かって手を振ります。

「バイバイ」

 娘さんの小さな声が部屋の中に消えていきます。その後、棺の蓋が遺族の手で閉められました。

 あのどんぐりが、本当にお孫さんから受け取ったものだったのかどうかは、誰にもわかりません。それでも、納棺式という最後のお別れの時間に、娘さんとお父さんとの言葉にならない会話が聞こえたような気がしました。

【関連記事:幼子の納棺式で母親が叫んだ「触らないで!」 ベテラン納棺師が下した意外な決断とは】では、病気で逝った小さな娘を見送れずにいる母親のお別れの時間をお届けしています。

『いつもの場所に今もあなたがいるようで』の一部を抜粋して再構成。

大森あきこ(オオモリ・アキコ)
1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。納棺師の育成やエンゼルケア講師としても活動。2025年一般社団法人ツナギノ森を設立。遺族のサポートをする医療・介護・葬儀の業界の方や一般の方向けのセミナーやワークショップなどを開催中。著書に『最後に「ありがとう」と言えたなら』(新潮社)

デイリー新潮編集部

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。