「勝ち方にも品があった」…「南海ホークス」全盛期を築いた名監督「鶴岡一人さん」 棺を見送る御堂筋が感謝の声であふれた「親分」の生涯【没後26年】

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通算リーグ優勝回数1位の名監督

 昭和の頃、福岡ダイエーホークスは南海ホークスだった。本拠地は大阪ミナミの大阪球場・ナンバ球場こと大阪スタヂアム。敷地の狭さゆえにホームランが出やすく、「珍プレー好プレー」にもよく登場したこの球場で、南海ホークスは1950年から1988年まで戦った。

 鶴岡一人氏は1950年、1946年から務めていた選手兼任監督として大阪球場の土を踏んだ。球界で「親分」と呼ばれる指導者は何人か登場しているが、“初代”とされるのは鶴岡氏である。監督としてリーグ優勝に導いた回数は通算11回、川上哲治氏(巨人)と並んで1位。...

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