「不良ガイジン」と呼ばれた男が東大、ハーバード大に現役合格 モーリー・ロバートソンさんの知られざる素顔
パンク精神で受験を突破
自主退学後、母の実家のある富山県高岡市に移り、県立高岡高校へ編入したモーリーさんは、当初から不良のレッテルを貼られた。音楽が好きだったが校内のバンド活動を禁じられ、他校のパンクバンドに加入した。
ライブハウスに立つ一方、パンクの精神で高校が持つ既存の価値観を揺さぶろうとしたのが、モーリーさんらしい独自性と行動力である。なんと、受験に全く関心がないのに、バンド活動を続けながら東京大学を目指して猛勉強を始めたのだ。成績は急伸、これまでモーリーさんを排除していた教師は、「ガイジンなのに日本人以上に頑張っている」とほめるようになっていく。そして1981年、なんと東京大学とハーバード大学の双方に現役合格。「富山が生んだ受験の天才」と絶賛される。スター扱いで取材陣が押し寄せた。
「手のひら返しとはこういうことか、と実感したそうです。同じ自分なのに、置かれた状況で評価がガラッと変わりました。不良でガイジンと排除されていたのに今度は学歴社会のスターになった。成功者と持ち上げられても、表面的な見かけの部分だけでとらえられている点は同じだ、と感じ取っていたのです」(同)
逆の意味での「手のひら返し」に傷つくこともあった。高校時代の心の支えだったパンクバンドの仲間に、「お前はもう対等ではないから」と除名されたのだ。
東大に進むと、音楽プロデューサーの酒井政利さんから声がかかり、すぐにメジャーデビューを果たしたが、「実力もないのに話題性だけで、プロのミュージシャンにしてもらった」と本人は冷めていたようだ。
本質に迫りたい
東大では理科一類に学ぶも4カ月で中退してしまう。東大にも憧れの音楽業界にも入れたのに、このままではいけない、とハーバード大学へ進学。贅沢な環境を粗末にしているようにも感じられるが、自分は世間知らずで足りないものが多すぎる、アメリカで音楽をやり直したい、と必死だった。
電子音楽を中心に学ぶ過程で西洋音楽とは違う音楽に触れ、人類学や社会学なども巻き込んで考察を深めた経験が、柔軟な思考の糧となる。
1988年にハーバード大学を卒業すると日本に戻り、現代音楽の専門家としてテレビ番組の音楽プロデュースなどを手がけるうち、番組に出演するようになった。2010年代半ば頃からは、『ユアタイム』(フジテレビ)や『スッキリ』(日本テレビ)などでコメンテーターとして重宝されるように。俳優としてNHK大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)で、黒船を率いて来航したマシュー・ペリー役を演じたこともある。
「テレビ局側から見れば、東大、ハーバード大に同時合格の天才的な知識人としてコメンテーターに起用していました。多くの人がこういうイメージで自分をとらえている、ともちろんモーリーさんは御存じでした。また表面的な見方をされているのだな、と内心ではがっかりしていたかもしれません。それでも自分が求められている役割を果たして、さらにモーリーさんらしさを出してくれました」(同)
モーリーさんは政治的に左右どちらにも偏っておらず、現実的だった。
「正義を振りかざすような耳あたりの良いきれいごとこそ危険と考えていたと思います。世の中で正しいとされていることは、環境や状況が変われば意味がなくなってしまう、とモーリーさんは痛いほど体験して育っていますから」(同)
モーリーさんは、日本では変革のムードを示す人が支持されることはあっても、全く新しい発想を打ち出す人はそもそも歓迎されないのでは、と感じていた。野党や市民運動が果たして変化の担い手になるかといえば、与党あっての傍流に甘えており、「世の中が間違っている」という言い分には八つ当たりが詰まっている、と冷ややかだった。
「多くの人々が求めているのは解決策の実現性ではなく、わかりやすいイメージや一体感で、結局、複雑な問題から逃避しているのでは、ととらえていました」(同)
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