最高月収2800万円から転落…居酒屋で隣の客に“お前が残念!”と笑われて 波田陽区が「腐っていった」ギター侍ブーム終了後の10年間

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要は誰でもよかった…「腐っていった」ブーム終了後

――エンタでも、波田陽区さんのような人を斬るネタの芸人が量産されていきました。

波田:要は誰でもよかったわけですよね、キャラクターが違ったら。僕のエンタの出演回数も、毎週だったものが、月に1回になったりどんどん減っていって。自分でも分かりました。だって番組に出て、2004年は「残念!」と言ったらお客さんも演者の皆さんも盛り上がってたのに、2005年にやると、お客さんはただ拍手をするだけなんです。もう露骨でしたね。

 そこから僕は腐っていきました。事務所のおかげでバイトはせずにすみましたけど、だんだんと一発屋芸人としての仕事が増えていって。でも、一発屋の仕事って「最高月収は?」「最低月収は?」「今の悲しい話をお願いします」という、この3つの質問しかないんですよ。それを時々テレビに出てやって、あとは営業に行ってという暮らしが10年続きましたね。

 そうなると、街ゆく人全員に笑われている、馬鹿にされているという感じになってくるんですよ。居酒屋に行っても、隣の席のお客さんに指をさされて「波田陽区じゃん。最近見ないけど、お前芸人やってんの?」「お前が残念!」とか言われて。だんだん外に行くのも怖くなって、余計に腐っていきました。

 例えばヒロシさんはキャンプでもう一回ブレイクしましたが、僕は自分の人生をひっくり返せるパワーも実力もなかったんですよね。ただ、当時は「会社が何とかしてくれない」「周りの奴がちゃんとしてくれない」とか言っていて、本当に嫌な人間になっていました。

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 後編記事【福岡移住10年で「10倍幸せ」波田陽区の現在 「今も営業できている」仕事ゼロの再出発を支えた恩人たち】では、現在の暮らしぶりについて語ってくれた。

徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。ウェブメディアウォッチャー。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。その後、テレビ局のオウンドメディア編集長を経て、現在はフリーライターとして雑誌、ウェブで記事を執筆している。著書に日本初のグラビアガイドブック「一度は見たい! アイドル&グラビア名作写真集ガイド」(玄光社)。noteでマガジンを連載中 X:@tatsunoritoku

デイリー新潮編集部

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