最高月収2800万円から転落…居酒屋で隣の客に“お前が残念!”と笑われて 波田陽区が「腐っていった」ギター侍ブーム終了後の10年間

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机の上で寝て、仕事へ…売れっ子ゆえの激務

――波田さんは徐々に「エンタの神様」以外の番組にも出るようになりますが、当時はそれぞれの番組ごとのネタを作るために、ホテルに缶詰めになって作業していたそうですね。

波田:当時はずっと、麹町の日本テレビの横にあったホテルに缶詰めになってネタを考えてました。朝から夜中まで働いて、それで日テレの横のホテルに自腹で泊まって、次の日に4番組、5番組くらいの出演があって、番組ごとに4、5人を斬らなきゃいけないので、20個から25個のネタを用意する。そのまま机の上で1時間か2時間寝て、また朝から仕事に行く。それを2、3か月やってました。

 今だったらそんな生活はもうできないですね。そもそもなんでホテル代、自腹だったんだろう(笑)。働きすぎて、もう訳が分かんなくなってました。取材の時に「当時、印象に残っている番組はありますか」と聞かれるんですが、当時、自分が何の番組に出ていたか、忙しすぎてほとんど覚えてないんですよ(苦笑)。

今だったらSNSが炎上していたかも?

――波田さんは人を斬るネタでしたが、令和の今だと炎上していたかもしれないですね。

波田:今だと悪口とかがSNSでたくさん来ていたでしょうね。当時も、モーニング娘。や現「STARTO ENTERTAINMENT」の皆さんを斬ると、事務所に苦情のお手紙が来てました。あまりにくるので、事務所に波田陽区専用の苦情ボックスがありましたね(笑)。エンタが始まってからは手紙の9割9分は苦情でした。中には殺すというようなことも書かれていて。

 街を歩くのも怖くて、もしなにかあったらギターのハードケースで自分の身を守ろうと常に考えていたり。当時はそれぐらい怯えて生きてました。テレビ局や事務所に出待ちの方がいて「波田さーん!」と声をかけてくれるんですが、それが本当に出待ちの人か分からない。事務所の前に警備員さんが何人かついていました。

スポンサーを降板させたネタ

――斬られた芸能人で怒った方とかいらっしゃいましたか。

波田:実際に怒ったタレントさんは一人もいないです。芸能界の方はみなさんシャレだって分かっていますし、一応ネタ前には番組のスタッフさんが向こうのマネージャーさんに確認はしてます。伊東四朗さんだけは「もう確認するな」「俺だって芸人なんだ。そんな確認はいちいちするな」とおっしゃってました。

――さすがですね。ただエンタで披露したネタで「おしゃれカンケイ」を「汚れカンケイ」と言って、資生堂が「エンタの神様」のスポンサーから降りたそうですね。

波田:ありました。それでも別にエンタのスタッフは全然怒らなかったです。僕はテレビに出たてだったので、スポンサーが降りることの重要性がわからないわけですよ。今考えたら大変ですよね。

――でも波田さん悪くないですよ。エンタは録画でしたし、そのまま流す日テレ側が悪い(笑)。

波田:そうやっておっしゃってくれるとありがたいですけど(笑)。もう資生堂さんとは仕事できないんだと考えていたんですけど、2019年に資生堂さんの「uno」のウェブCMに呼んでもらったんです。「ああ、怒ってなかったんだ」って、その時はめちゃくちゃ嬉しかったです。

――ギター侍で大ブレイクしましたが、その人気はどこで潮目を迎えるんですか。

波田:2004年にブレイクして、年をまたいで2005年になったら、がらっと変わりました。急に「去年の人」「過去の人」扱いが始まったんです。今まで1日4、5個だった営業が徐々に減って、週の休みが1日、2日と増えていって。あの時は怖かったですね、「俺はもう必要とされてないんだ」っていう。

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