最高月収2800万円から転落…居酒屋で隣の客に“お前が残念!”と笑われて 波田陽区が「腐っていった」ギター侍ブーム終了後の10年間

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波田陽区インタビュー前編

 ギター侍として一世を風靡した芸人の波田陽区さんは10年前、東京での仕事が激減したことをきっかけに、再スタートを切るべく福岡県へと移住した。まず前編ではギター侍としてのブレイクから、最高月収、スポンサー降板事件。そして、自分の人気が落ちたと感じた出来事まで聞いた。

――波田さんは現在、福岡に移住されています。まず改めてキャリアについてお聞きしたいんですが、ブレイクのきっかけとなった「エンタの神様」(日本テレビ系)で初めてテレビに出たそうですね。どういった経緯だったんでしょうか。

波田:それまで「エンタの神様」はマジックショーあり、歌あり、お笑いありという番組だったんですが、2004年にお笑いだけに一本化しようとなったんです。その中で、テレビにまだ出たことのない芸人を探すとなって、たまたま、その頃に「ギター侍」のネタをやっていた僕も呼んでもらえたんです。

「エンタの神様」ってお客さんが200人くらい入っているんですけど、その場で受けないとオンエアされないんですよ。だからネタをやったけど、お蔵入りになっている芸人もいっぱいいました。

――厳しい番組だったんですね。

波田:僕はテレビに出たことなかったので、カメラが20台くらいあって、お客さんが200人いるという状況に緊張しまくっていて。逆にそれでゾーンに入ったんです。いつもなら普通のトーンで「残念」というところ、あの時だけはびびった自分に負けないように「残念!」と大きな声になっていて。あと「言うじゃない」の部分も、今考えてもわからないんですが、なぜか「言うじゃなーい」と普段と違って伸ばしたんです。そうしたらビックリするぐらいお客さんにウケたんですよ。

――いつも以上の力が発揮されたんですね。

波田:それで番組の演出家の方から「これから毎週番組に出よう。半年間はエンタ芸人として頑張ろう」と言われたんです。番組としても、僕に賭けてくれた。だから超ラッキーですよね。そうやって毎週エンタに出させてもらうようになったんですが、最初はエンタにしか出ていないから、ギター侍が人気になっている実感は全くなかったです。

 ただ電車に乗っていたら、ちっちゃい子が「残念!」と僕のネタをやっているのを見たり、あとエンタが終わると明石家さんまさんの「恋のから騒ぎ」が放送されていて、さんまさんが若い女性とトークで「言うじゃな〜い」と言ってるんですよ。さんまさんは僕からしたら雲の上の人なので。「さんまさんが僕のこと知ってくれている」って、嬉しかったですね。あの時が一番幸せでした。

最高月収は…

――売れると周りの環境もどんどん変わっていく。

波田:変わったのは営業ですね。テレビには週1回のエンタしか出ていないので、忙しくはなかったんですよ。でも、人気が上がっていくのと比例して、土日の営業がすごい増えていって。営業先に行ったら「波田陽区ー!」「ギター侍ー!」って歓声が上がっていました。給料も最初にテレビ出た時は6万円。翌月は12万円、その次の月は24万円と毎月倍々になるんですよ。それが本当に幸せでした。

――最高月収っていくらぐらいだったんですか。

波田:月収は最高で2800万円でした。CMや本、CDとか、あと着ボイスのお金がまとまって入った月です。

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