ウクライナ戦争開始から満4年――プーチン大統領の「隠された意図」を前ロシア大使が読み解く

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「ロシアは謎の中の謎に包まれた謎である(Russia is a riddle wrapped in a mystery inside an enigma.)」――第二次世界大戦中の英国首相ウインストン・チャーチルのことばは、今なお当てはまるのではないか。ロシアがウクライナに進行したのは2022年の2月24日。あれから4年間にわたる戦闘で両国とも甚大な損害を被っているが、出口はなかなか見えない。

 大きな原因は、世界史に汚名を残す戦争を仕掛けたプーチン大統領の本当の狙いがわからないことだ。戦争終結のカギを握る男は、いったい何を考えているのか。2022年まで8年間にわたり特命全権大使としてロシアに駐在した上月豊久氏(千葉工業大学特別教授、東海大学国際学部教授 兼 平和戦略国際研究所所長)に聞いた。

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「チャーチルも言っているように、そもそもロシアは理解することが難しい国です。しかもプーチンは若いころから表情や感情をコントロールする訓練を積んでおり、本心を簡単には悟らせない」

 上月氏はそう言って、2つのエピソードを紹介した。

「まず、私自身がプーチンと初めて会った1998年5月のことです。当時プーチンは大統領府の第一副長官で、私は在ロシア日本大使館の政務担当参事官でした。都甲岳洋駐ロシア大使がプーチンを表敬訪問するというので、私はメモ取りとして同行したのです。都甲大使は45分の会談時間の30分を使って流暢なロシア語で北方領土に関する日本の立場を説明しました。私は大使の説明内容を既に知っていましたから、プーチンの表情を観察することに専念しました。大使の説明に賛成なのか、反対なのか。関心があるのか、ないのか。ところが、会談中、プーチンは表情も姿勢も全く変えることがありませんでした。私はそこから何も読み取ることができなかった」

 続いて上月氏は、プーチンの側近の一人で、彼の執務室に出入りする立場にあった人が語ってくれたという言葉を紹介した。

「プーチンとアポを取って、あるいはプーチンに呼び出されて、執務室に入るのを待っている人は、多かれ少なかれ神経質になっている。そして、用事を終えて執務室から出てくると、彼らは一様にホッとした表情をしていて、自分の言ったことをプーチンがわかってくれたと思い込んでいる。しかし多くの場合、それは正しくない。実際にプーチンがわかってくれて、さらに納得しているのは相手が言ったことの半分以下である」

 決して本心を気取らせない男、プーチン。しかし、上月氏によれば、彼の演説や論文を細かく見ていくと、何を重視し、何を恐れているのかがわかるのだという。

省略や曲解に本音が隠されている

「プーチンは演説するだけでなく、たびたび論文を新聞などに発表しています。長大で難解な論文を読み解くのは生やさしいことではありませんが、その中にこそ彼の頭の中を覗き込む大きなヒントが隠されているのです。それを読み解くには、論文に何が書かれているかだけではなく、何が省かれているのか、何が曲解されているのか、どこに結論を導こうとしているのかもよく見なくてはならない。プーチンにとって歴史の解釈は彼の政策そのものであり、今後の出方を見通すのに役に立つのです」

 言い換えれば、プーチンの演説や論文にあらわれた歴史解釈を精査すれば、プーチンの政策の隠された意図を知ることができるのだ。ロシアがウクライナに攻め込んだ2022年2月24日にプーチンが行ったテレビ演説もそうだという。

「あの日のことは忘れられません。早朝6時にプーチン大統領の30分に及ぶテレビ演説が放映されました。プーチンは自信に満ちた様子で、画面を見据えてよどみなく演説していました。前日(23日)は「祖国防衛の日」と呼ばれる記念日で、プーチンは第二次大戦の戦没者の慰霊碑である『無名戦士の墓』に献花を行っています。ウクライナへの進行はその翌日でした」

 プーチンのテレビ演説は、現在でもクレムリンのサイトで英語翻訳付きの動画が掲載されているので視聴可能だ。ロシア政府はウクライナ政府に「戦争」を宣言していないし、自ら「侵攻」と呼ぶこともできず、聞きなれない「特別軍事作戦」という用語が使われていた。

 演説はその日のうちに何度も放映され、女性アナウンサーや有識者がわかりやすい解説を加えていく。ロシア当局として演説を広く拡散することを通じて、この「特別軍事作戦」に対するロシア国民の支持を取り付けようとしたことがうかがえる。

自分の政策を正当化する道具として歴史を使う

「十分に工夫された演説であり、自身の本心を読ませないプーチン大統領の思考を知る上で参考になるものでした。『プーチンは独裁者や専制君主で世論など気にしない』と考える向きもありますが、それは間違った認識です。彼は世論に多大な関心払っていますが、その世論を自分で操作できると考えているのです」

 プーチンは演説の中で、特別軍事作戦の目的に、(1)ウクライナ政府により迫害されている人々の保護、(2)ウクライナ政権の非軍事化・非ナチ化、(3)ロシア国民を含む住民に犯罪行為を行ってきた人間を司法に委ねること、の三点を掲げた。その上で、ロシア国民の愛国心に訴えつつ、特別軍事作戦がロシアの国益を守る「唯一残された方法」であると正当化しようとした。

 2月24日のテレビ演説の中で、プーチンは何度も「大祖国戦争」に言及している。

 第二次世界大戦でナチス・ドイツと戦い、2800万人の犠牲者を出したソ連は、この戦争を「大祖国戦争」(祖国戦争は1812年のナポレオンに勝った戦争)と呼び、神聖なものとして扱ってきた。特に、プーチンはその戦勝記念日を政権の正統性づくりに巧みに利用し、愛国心や対外的脅威を煽ることで国内統制を強める手段としている。2015年5月9日の戦勝記念日では、祖先の戦没者の肖像を手に行進する「不滅の連隊」の行進にプーチンも参加し、国民の連帯を訴え、それ以降、全国規模の戦勝記念日の行事の一環と位置付けてきた。

「プーチン大統領が特別軍事作戦の目的として掲げた『非ナチ化』というのは聞きなれないロシア語でした。ロシア政府は以前から、ゼレンスキー政権がナチズムの影響を受けていると批判しており、この作戦を第二次世界大戦のナチズムとの戦いになぞらえようとしていることがわかります。さらに、『1941年6月22日、ナチス・ドイツは宣戦布告なしに我々の祖国を攻撃したが、当時のソ連邦はこの攻撃に十分に対応する用意がなかった』と指摘して、『我々は過ちを繰り返さない』と述べています。これは、ロシアがウクライナに先制攻撃したことを正当化しようとするものです」

 加えて、プーチンはウクライナ軍の兵士に向けて「皆さんの父、祖父、曾祖父たちは、今日のネオナチ主義者が政権をとるために、ナチ主義者と戦い、我々の共通の祖国を防衛したのではない」と語りかけ、武器を捨て、故郷に帰ることを促している。

「2月24日のテレビ演説は、大祖国戦争という歴史に現在を重ね合わせながらロシア国民の愛国心に訴えるものでした。歴史を自分の政策を正当化する道具として使うというプーチンの手法が明確によく表れています」

ロシアは「孤立と衰退」に向かうのか

 上月氏の著作『プーチンの歴史認識 隠された意図を読み解く』には、ロシアのウクライナ侵攻当日の記述もある。

「これだけの大事件が起きると、まずは現地大使館は電話で一報を外務本省に入れ、その後、事実関係を簡潔にまとめた報告を時には大使の見方を加筆して送ることが常である。2月24日、在ロシア日本大使館はこの大事件を本省に報告した。その末尾に私は、ブレジネフ書記長はアフガニスタンに侵攻しソ連邦を崩壊に導いた指導者として記憶されていることに触れて、プーチン大統領はウクライナへの侵攻によりロシアを「孤立と衰退」に導いた指導者として記憶されることになる可能性について大使の見方として書き加えた」

 ロシアは今回の侵攻によって莫大なコストを払い、西側から見れば、孤立を深めているように見える。他方、プーチンの立場からすれば、2024年のG D P経済成長率は4・3%でG 7のいずれの国よりも高く、2025年5月9日の戦勝記念日のパレードには、習近平・中国国家主席をはじめ27ヶ国の首脳が参加したことを引き合いに出して胸を張るであろう。

 しかし、ロシアのG D P成長率は2025年第1四半期には1・4%まで下がってきた。レシェトニコフ経済発展大臣は同年6月19日、サンクトペテルブルク国際経済フォーラムで「国内経済は既にリセッション(景気後退)の瀬戸際にいるように見える」と発言した。この発言はプーチンの了解を得たうえでなされたものと考えるべきだ。プーチン自身も国防費がG D Pの6・3%に達していることについて「多い」と述べるなど、軍事支出の増大が経済に悪影響を与えているという認識も示した。

 果たしてプーチンは戦争終結を決断するであろうか。あるいは、ロシアは「孤立と衰退」に向かうのであろうか。

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