「奥さんも会社を辞めてオランダに同行して」夫の会社から要請…“私って何なんだ”32歳駐在妻の「自分を見失った日々」
「お世話係」という役割への戸惑い
そして始まったオランダでの新生活。最初の1~2か月は、見るものすべてが新鮮なヨーロッパ暮らしへの好奇心もあって、観光地へ足を運んだり、生活用品をそろえたりと慌ただしくも楽しく過ぎていった。
「でも、現地の言葉はさっぱりわからないし、英語もそれほど得意ではなくて。日本人が少ないエリアだったせいか、お店で不親切な対応をされたことがあって。勝手に差別かも、と思い込んで外出を控えるようになっていきました」
また、オランダ特有の医療システムである“ホームドクター制”も地味に精神的なプレッシャーになったという。
「一家に一人、かかりつけ医を登録する仕組みなのですが、体調を崩したら、まずはその先生を通さないといけません。そこから専門医を紹介してもらうので、診察までかなりの日数がかかることも。1~2か月待つこともザラ。日本のようにすぐ適切な治療を受けられるわけではないので、主婦である私が夫の健康も完璧に守らなきゃと、常に神経を尖らせていました」
気づけば、1日のほとんどを家の中で過ごす日々。家事の時間以外は動画を見たりネットをしたりして時間をつぶすのみ。
「最初のうちこそ、人生で初の、仕事をしなくていい自由な時間を満喫していたんです。でもすぐにそんな生活にも飽きてしまって。ふとした瞬間に、『私は一体、こんなところで何をしているんだろう……』という虚しさが、ムクムクと湧き上がってきたんです」
「何者でもない自分」に削られる自尊心
さらに、慣れない異国で朝から晩まで必死に働く啓介さんに対して、「自分は家事しかしていない」という罪悪感にも苛まれていった。
「夫の会社は、帯同する家族が現地で働くことを認めていませんでした。だから生活費はすべて夫の給料から。それがものすごく窮屈だったんです。自分でお金を稼いでいないから、ちょっと欲しいものがあっても言い出しにくい。なんだか自分が無力で、卑屈な気持ちになることが増えていきました」
日本にいた頃の英美里さんは、組織の中で頼りにされ、やりがいを持って働いていた。ところが、海外に来た途端、求められるのは夫を支える『内助の功』ばかり。昨日までバリバリ働いていた女性が、いきなりハウスキーパーのような役割を唯一の仕事として押し付けられてしまう……。これは、彼女のアイデンティティを根底から揺るがす、とてもショックな出来事だった。
さらに、対等にリスペクトし合っていた夫婦関係にも変化が生まれる。経済的な自立を失い、家の中の役割に縛られることで、二人の間のパワーバランスも崩れていったのだ。
「洋服やコスメ、美容室と……自分のためにお金を使うことにも後ろめたさを感じて、夫に支配されているような感覚に陥りました。だんだん、『私って、一体何なんだろう』『なんのために生きてるんだろう』と落ち込むことが増えていきました」
英美里さんが陥った「自分という人間が見えなくなる感覚」は、実は多くの駐在妻が抱えがちな悩みの一つだ。
仕事を通して社会とつながっているという実感がある人ほど、そのつながりを失ったときのダメージは大きくなりがち。名前ではなく、「奥さん」としか扱われない毎日は、想像以上に自尊心を削っていくものなのだ。
こうしたケースで大切なことは、まず「私は私として生きる」と決めること。今の若い世代は、「女性の活躍」が当然の時代に育っている。それなのに、駐在先でいきなり「昭和的な内助の功」を求められる。結果、自分を見失って心を病んでしまうケースは珍しくないという。
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