「オレはヘマはしない。見つかる心配はない」…25歳の殺人鬼がたどり着いた“恐ろしい結論” 完全犯罪が崩れた「隅田川で発見された証拠」とは
「鈴弁殺し」をヒントに…
昭和初期に起こったバラバラ殺人事件……最後に紹介するのは、第1回記事で紹介した「鈴弁殺し」を参考にしたことで知られる、昭和9(1934)年6月14日に発覚した「人間コマ切れ事件」である。
犯人の小林利平(当時25)は前科3犯。同年5月に前橋刑務所を出所し、神奈川県内のすし屋で働いていたが、集金した金を持ち逃げして上京する。その後、渋谷でおでんの屋台を引くXさん(同60)とY子さん(同51)夫婦と知り合いに。Xさんは、周囲から「ほら吹き爺さん」と呼ばれる、大ぼら吹きで有名だったのだが、そんな事情を知らない小林は、
「貯金が1万円(現在の貨幣価値で約3000万円)ある。恩給ももらえる」
というXさんの話を真に受け、この夫婦から金を奪い取ることを考える。その際、ヒントにしたのが新聞記事で読んだ「鈴弁殺し」だった。
〈小林は「鈴弁殺し」をヒントにひと晩計画を練り、犯行がバレないようにするには死体をバラバラにして川に捨てよう、と考えた。「鈴弁殺し」でトランク詰めにした死体が発見されたことから「オレはヘマはしない。死体をコマ切れにして捨てれば、見付かる心配はない」と恐ろしい結論を出していた〉(前掲書)
Xさん夫婦の自宅に転がり込んだ小林は6月5日、港区内の金物屋で出刃包丁とナタ、上野でノコギリなどを調達して7日の夜、夫婦に酒をふるまう。何も知らない二人はすっかり酔い、気持ちよく寝入ってしまった。翌8日午前2時ごろ、小林は凶行に及ぶ。熟睡している二人を、マサカリでメッタ打ちにして殺害。返り血を浴びた自分の顔や手足を洗ったあと、二人の服を脱がせて10時間かけて遺体を解体する。骨、肉、臓器を細かくコマ切りにした後、塩漬けにして5つの灯油缶に詰め込んだ。
その後、家の中をくまなく探し回ったが、見つけたのは現金19円(同、約5万7000円)ここでようやくXさんの話はウソであると気づくのだが、小林は銭湯へ行き、犯行現場の隣の部屋で寝る。しかし翌日、あらかじめ手配していた廃品回収業者が現れない。どうしたものかと過ごしているうちに、腐臭が漂いはじめ……。
「私は焼き鳥屋だが、大量に肉を買い過ぎて腐らせてしまった。なるべく遠くに捨ててくれないか」
14日の早朝、たまたま近くにいた別の廃品回収業者の男性に声をかけ、二人で灯油缶とバケツを運び隅田川の白髭橋から遺棄した。同日午後1時ごろ、隅田川の永代橋上流の岸辺に、切断された左手首が漂着しているのを船頭が発見、事件が発覚する。翌日には吾妻橋の近くで右手首、さらにその3日後には芝浦で左足首が発見された。指紋からXさんの身元が割れ、すぐに小林が捜査線上に浮上した。
小林は死体の解体中、出刃包丁のキレ味が悪くなったため、途中で新しい包丁を買いに出ている。作業を中断・再開したため、偶然にもXさんの両手首はコマ切れにされることなく、そのまま遺棄され、身元の特定につながった。
[2/3ページ]


