「私はDV夫と命がけで離婚。あなたは?」W不倫の相手に迫られて 結局すべて失った50歳夫の間の悪さ

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「私は離婚する」

 実家に通う旅は、真智子さんと会う時間になった。手伝いに来てくれた真智子さんと、電気も水道も止まった実家で肌を合わせた。

「情熱と欲望に任せて、無謀なことをしてしまった。こんなところでごめんと言ったら、真智子が『晃匡くんとなら、どこでもいい』と笑顔になった。それを見て胸がぐっと詰まったんですよね。こんな気持ち、生まれて初めてだよと言うと、真智子の目から大きな涙の粒がぼろぼろこぼれて。生きていてよかったとさえ思いました」

 こうなれば恋は深まる一方だ。お互いに配偶者にバレないように、とにかく気をつけること、そしてなるべく早く離婚することを誓い合った。

「下の子の進学先が決まったら、私は離婚すると真智子が言うようになりました。『こんな大きな決断ができると思わなかった』と晴れやかな顔をしていた。僕のほうは娘がまだ小学生。娘を妻に任せることはできない、親権をとって離婚したほうがいいのだろうか。ただ、娘と真智子がうまくいくかどうかもわからない。真智子は着々と準備しているようだったから、僕も焦りました。でも気持ちが焦るだけで現実には何もできなかった」

 真智子さんは、ときおり「下の子に東京の予備校の特別講義を受けさせる」などと理由をつけて上京することもあった。実家近くで、あるいは東京で、ふたりは人目を偲んで逢瀬を重ねる。そのたび真智子さんは心と現実の「離婚準備」を語ったが、晃匡さんには報告するべきことがなかった。

「あなたは急がなくていいと真智子が言ってくれました。その後、真智子の下の子が東京の大学に合格し、アパートの下見や引っ越しなどで彼女の上京頻度が上がった。僕は結衣には、なかなか離婚を言い出せないまま。この状況で真智子に会い続けることが、僕にはいちばん都合がいい。そんなふうにも思っていました。ずるいですよね」

命がけの離婚劇

 47歳のとき、ついに真智子さんは離婚した。夫に離婚を切り出したとき、怒った夫に殴られてほお骨を骨折、キレた夫はその後も暴力をふるい、彼女は全身打撲で病院に駆け込んだのだが、これが逆に離婚には功を奏した。

「命がけで離婚したよと真智子は泣きながら言っていました。僕のためにここまでしてくれたんだと感動する一方で、そんな真智子を自分は幸せにできるのか、彼女を最優先に考えられるのかと悩んでしまったんです」

 真智子さんは、晃匡さんの帰宅ルートにアパートを借りて生活しはじめた。慰謝料と財産分与があるから当面は大丈夫と言いながら、すぐにファミレスとお弁当屋さんで仕事も始めた。

「とにかく働いて自分の食べる分くらいは稼がないとって。明るくなっていましたね。希望を抱いている人がもつキラキラ感があった」

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