「バレンタインチョコ」から「恵方巻」まで…なぜ日本人は“商業主義の匂い”に敏感になったのか

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妙な「消費同調圧力」に従うべからず

 いや、儲けようとするのはいい。しかし、過度な商業主義は嫌われるのだ。チョコが売れると分かれば、「女性従業員は職場の男性従業員にチョコレートをあげねばならない」やら「結婚10年になったら『スイートテンダイヤモンド』を夫は妻にプレゼントする」などもCMを使ってまで喧伝された。

 かつて「三種の神器」とテレビ・冷蔵庫・洗濯機を国民全員が買うような空気感が出た時と同様に(これらは必要だろうが)、豊かになった後も人々は企業に消費拡大を提案され続けてきた。そろそろ疲れているし、物価が上昇するのにそれほど給料が上がらない現状、商業主義に嫌気がさしているのでは。

 恵方巻は元々大阪の海苔商人の販促だったわけで、1990年代後半、この慣わしに目をつけたコンビニチェーンが販促活動し、全国に広まったという経緯がある。私のような関東の人間は「とある方角を向いて、切ってもいない太巻きを黙って食べ続ける」という行為は単なる奇習としか思えなかった。

 太巻きなんて、切ったうえで適宜醤油をつけながらゆっくりと食べたいだろうよ? 食事を黙ってするのはつまらんだろうよ? 喉に詰まったらどうするんだ?

 とはいっても、秋になったら「じいじとばあばが新小学1年生になる孫にランドセルを買う」や「成人式はありったけのお金を使って着飾る」といった形で消費喚起は受益者から次々と提案される。

 ただ、日本人は年賀状もお中元もお歳暮も含め、儀礼的な消費を次々とやめてきた過去もある。それだけの自主性はあるだけに、妙な「消費同調圧力」に従わず、本当に必要なものだけを買って家計防衛をしなければ、そろそろこの貧乏国家は立ち行かなくなるのでは? とも思うのである。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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