「愛子天皇論」の裏にある“不敬”の正体 皇位継承議論、衆院選で見えた「中道」の曖昧さ

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皇位継承を人気や政治的思惑で決めてよいのか

 ネット上には皇室に関する目を疑うような無責任な書き込みや投稿記事があふれている。「愛子さまを天皇(令和の皇太子)に!!私たちは女性の皇位継承を可能にする皇室典範の改正を求めます」と募るオンライン署名もその一つだろう。だが、現在の皇位継承順位第1位の秋篠宮文仁さまと第2位の悠仁さまをどうするというのか。一般で言うところの「廃嫡」にするのか。日本の皇室を尊び、その永続を願っているのであれば、真っ先にそうしたことに思いを致すべきではないか。「天皇家に優秀なお嬢さまがいらっしゃるのに」という単純な発想だとしても、愛子さまがそんなことを快く思われるはずはないのだ。

 そもそも皇位の正統性は長い歴史的な継続性によって担保されている。男系(父系)による一つの系統が続いてきたという厳然たる事実がそれだ。親から子、孫への「直系」が続かなかった時には、同じ血統の「傍系」によってまるでバトンリレーのように続いてきたのが日本の皇室だ。その流れを一度でも止めたらもう元には戻れない。時々の人気や政治的思惑で皇位の継承者が決まるようなことがあれば、皇統の安定は保てない。【椎谷哲夫/皇學館大学特別招聘教授・ジャーナリスト】

秋篠宮家叩きと愛子天皇論に共通する“不敬”の正体

 愛子天皇論に関する最近の言説の多くは、秋篠宮家に対する批判やバッシングと表裏一体だ。そのほとんどは、好き嫌いの感情に支配された根拠のない批判にすぎない。かつての雅子妃バッシングも同じだった。雅子さまは妊娠初期の不安定な時期に「ご懐妊」を報じられ、まもなく流産された。女性にとって我が子の顔すら見ることもなく別れる流産の悲しみほど辛いことはないだろう。そのショックが鬱の症状をさらに悪化させた。当時、お出かけ直前の日程変更を「またドタキャンか」と揶揄する記者もいた。インターネットなどに、まことしやかな「仮病説」を流す輩もいた。ある評論家は『御忠言』をタイトルに配した著書の中で「小和田家は引き取るべきだ」という週刊誌のコメント記事に「私も同じ考え方だ」とのたもうた。学習院初等科の同級生の意地悪な言動で学校に通えなくなった愛子さまも憶測記事に晒された。その愛子さまの登校に毎日つき添う雅子さまに対しても、女性週刊誌などは心ないコメントを載せた。そして、眞子さまの結婚をきっかけに矛先は秋篠宮家に向いた。

 宮内庁担当記者だった筆者の経験から言えば、皇室のネガティブな情報の裏には伝聞をまことしやかに流す人物がいる。匿名のコメントで煽る者がいる。ある目的をもってねつ造する輩もいる。それでも皇族方は反論ができない。書かれっぱなし、言われっぱなしなのだ。

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