中村勘三郎さんが“3人目のせがれ”と呼んだ「中村鶴松」の逮捕劇…映画「国宝」に重なる“部屋子”という複雑な世界

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「悔しいけれど、莟玉さんのほうが……」

 再び歌舞伎ファンの話。

「わたしは、今年の浅草歌舞伎は、一部二部とも、〈大ちゃん〉が出演していたときと、休演後の2回、見物しました。まずうれしかったのは、事件後も、浅草公会堂前の〈中村鶴松〉の幟(のぼり)や、役者名看板を、撤去しないでいてくれたことです。本来、出演していないのですから、外されても仕方ないのですが、主催・松竹の、唯一の“お情け”だったのかもしれません。2階ロビーにある出演者パネルの写真スポットも、そのまま残してくれていました。ブロマイドも、ちゃんと〈大ちゃん〉出演シーンを売ってくれていました」

 今回、鶴松は3つの役をつとめていた。よって代役も3人が立ったが、

「激しい踊りの『相生獅子』で代役に立った市川男寅さんも立派でしたが、今回もっともたいへんだったのは、『傾城反魂香』(通称『吃又』)の〈女房おとく〉を、代役でつとめた中村莟玉さんだったと思います」

 事件は18日未明に起きた。この日の第一部の開演は11時である。さすがに第一部の「相生獅子」は休演となった。問題は、15時開演、第二部のメイン「吃又」である。この狂言の〈おとく〉は準主役で、ほぼ出ずっぱりなのだ。

「『相生獅子』は尾上左近さんとの共演で、30分ほどの踊りですが、つづけて莟玉さんの『藤娘』がありましたから、これのみなら休演・払い戻しにしてもなんとか形にはなります。しかし『吃又』は90分近くある大型狂言です。これを休演にしたら、後半の『男女道成寺』60分のみになってしまい、これでは興行が成り立ちません。なんとしても『吃又』を閉めることはできないわけです。しかし、今回〈おとく〉をこなせるのは、どう見ても莟玉さんしかいませんでした。おそらく莟玉さんは、この日朝から15時の開幕までの間、自分が出る『藤娘』以外の時間は、〈おとく〉の稽古をされていたのではないでしょうか」

 かくして半日弱の準備で、莟玉は、初役〈おとく〉で見事に鶴松の代役をこなし、舞台に穴をあけることはなかった(イヤホンガイドも、急きょ、役名を録音し直して対応した)。

「悔しいけれど、莟玉さんの〈おとく〉は、〈大ちゃん〉を上回っていたと思います。莟玉さんは義太夫も習っていたそうですし、このお芝居には〈修理之助〉役で出演したこともあるので、段取りはある程度、入っていたと思います。そのうえ、子どものころから日本舞踊の世界で育ったので、女方の振りが身体に沁み込んでいるように見えました。着物をたたむときの何気ない仕草など、とてもきれいで、夫役の中村橋之助さんを立てる世話女房ぶりも見事でした。おそらく莟玉さんは、おなじ部屋子出身で、学校の先輩でもある〈大ちゃん〉を助けるため、命がけだったと思います。自主公演にも賛助出演した仲ですし。でも、結果として、莟玉さんが思いがけず注目を浴びてしまい……〈大ちゃん〉は、ほんとうに残念なことをしてくれたものだと、子役時代から応援してきた身としては、悔しくて仕方ありません」

 謹慎中の鶴松は、このファンの声を、どう聞くだろうか。

デイリー新潮編集部

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