「2人目いらない」はずの妻が突然の心変わり→即妊娠… 真相を知って“歪んだ愛おしさ”をおぼえた53歳夫の胸中

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なぜかベッドへ

 だがそのメモを見て、智博さんは病院に飛んで行けなくなった。妻の胆力が怖かった。なぜかシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。耳元で携帯電話が鳴り響いて目覚めると、すでに夕方に近かった。

「僕の母親の声でした。『なにやってんの。生まれたよ』と。あとから知ったんですが、婚姻届を出したとき、父は仕事でいなかったので母と啓子と3人で食事をしたんですよ。僕はそれきり啓子は母に会っていないと思っていたけど、実はふたり、ときどき連絡をとりあっていたらしい。啓子はひとりで生んだけど、最初に連絡したのは僕の母親だったそうです。母は『ひとりで出産させるなんて』とものすごく怒っていましたね。なんかあったらどうするの、出産は命がけなんだよと。母があんなに怒ったのは初めて見ました」

 あまり感情を表さない母の怒りは、啓子さんの心情を察してのものだろう。性格的にふたりはわかりあうところが大きかったのかもしれない。母の淡々としたところと、啓子さんの穏やかながら懐の広いところは、案外、通底しているものがありそうだと智博さんは感じていた。

「その後も母は、僕には言わずに啓子を手伝っていたようです。『お義母さん、来てくれたよ』と言っても、僕の反応が薄かったせいか、そのうち啓子は母のことを言わなくなった。僕は母が嫌いなわけではないんです。特別な愛着も憎しみもない。ただ、感情のやりとりができなかった感覚があった。それはそのまま当時の僕にも言えることで、自分の感情を言葉にするのは非常に苦手でした。なんでも軽口と冗談に紛らわせて、自分の本音を覆い隠してしまう。そんなところがありました。今もそういうところはあるけど……」

 表面上、智博さんと啓子さんはうまくいっていた。啓子さんは出産に間に合わなかった彼を責めることはなかったし、智博さんは残業後に居酒屋で酔い潰れたと言い訳をした。それからはふたりで子育てを楽しもうと話し合った。

「あまり罪悪感がなかったんですよ、僕には。それが不思議でした。ひとり者ならともかく、結婚して他の女性と関係をもつのはさすがにまずい、妻の顔を見たら後悔の念がわいてくると予想していたけど、わいてこなかった。人間として何か欠けているのかもしれない、なんてことを考えていました」

二人目はいらないはずでは…

 1年間の産休を経て、啓子さんは職場へと戻っていった。日々は忙しく過ぎていったが、何かがものたりない。もうひとり子どもがほしいと思った。ただ、妻にそう言っても受け入れてはもらえなかった。

「もう少したってからと啓子は言うんです。あまり間があかないほうがいいんじゃないかと思ったけど、妻がそう言うならしかたがない。でも、あるとき見てしまったんですよ。妻は自分の机の引き出しにピルを入れているのを。どうやら毎日、飲んでいるようでした」

 夫に内緒で妻が避妊していたのだ。啓子さんは夫からの誘いを断ったことはほとんどない。もう夫の子をほしくないという気持ちだったのだろう。

 だが娘の誕生から5年、妻が「ふたりめ、ほしくなった」と言いだした。そしてそれから半年後、妻は妊娠したと顔をほころばせて報告した。

「僕の子はもういいと思った妻が、どうしてふたりめと言いだしたのか、僕はずっと不思議だったんです。妊娠したと言った啓子の顔を見た瞬間、あ、僕の子じゃないかもと思いました。同時に、正義感が強いはずの妻が、そんなふうに思いつめたのは、よほど相手の男を好きなんだろうと。僕にはよくわからない情熱とか愛を、妻が具現化していっているのがなんだか羨ましくなったんですよね」

 そうまでして相手の子を産もうとしている妻に、初めて強い愛おしさを覚えたというのが皮肉な話ではある。生まれて初めて嫉妬心も感じた。相手の男を特定しようと考えたが、妻は覚悟をもって決定したはずだ。それを邪魔はできない。そう思った。

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