「2人目いらない」はずの妻が突然の心変わり→即妊娠… 真相を知って“歪んだ愛おしさ”をおぼえた53歳夫の胸中
啓子さんの身の上を知って
妊娠中期になってやっと婚姻届を提出した。そのとき初めて、啓子さんがすでに天涯孤独であることを知った。親やきょうだいのことを話さないなと思ったことはあるが、智博さん自身がほとんど話さないタイプだから、似たような感性なのだろうと勝手に考えていたのだ。だが啓子さんの場合は、20歳のころに親を相次いで亡くしたのだという。
「父が病気で亡くなったら、母は自ら後を追ってしまった。大学生だった私と高校生の弟は取り残された。そのときはどうしてと思ったけど、それだけ母は父のことが好きだったんだなと今は思ってる」
啓子さんが淡々とそう言ったときのことを智博さんは覚えている。諦観したような表情だった。そのやりきれなさを抱えているから、彼女はこんなふうに穏やかで、そして心広くいられるのだろうと感じたそうだ。
子の誕生に舞い上がり…「ナンパ」
それから彼は本気で仕事を探した。大学時代の先輩や、古巣の会社でも彼の味方になってくれる人がいて、なんとか就職することができた。就職が決まった日に、女の子が生まれた。それは彼の誕生日でもあった。28歳の父親だった。
「ところが僕、出産に間に合わなかったんですよ。予定日はまだ先だったし、もうじき出産ということでなんだか舞い上がってしまって。僕が舞い上がってもしょうがないんですが、学生時代の友人と会ったあとに、なぜかひとりで女の子をナンパしてホテルに行ってしまった。最低ですよね。でもふわふわした体と心を落ち着けるために、そういうことが必要だったんだと思う」
言い訳とは思えない言い方だった。どうしたらいいかわからない、うれしいのかやるせないのかもよくわからない。もうじき子どもが生まれるというときの心境はそんな感じだったと智博さんは言う。だからここでいったん落ち着いて、来るべき出産に備えるんだ、と。それがなぜナンパにつながるのかはよくわからないが、自分の努力で女性を口説き落とす行為が、ある種の達成感と落ち着きをもたらすのかもしれない。
「でもそのとき啓子は、ひとりでタクシーを呼んで病院に向かっていた。実は僕には連絡が来なかったんです。翌朝、帰宅したら、テーブルにメモがあって『お帰り。予定日早まったみたいだから病院行くわ』と書いてあった。すごい胆力でしょ。初産ですよ。この話をすると、みんな『嘘だ』というんですが、本当なんですよ」
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