陽気に振る舞う裏で、“心は死んでいた”… 僧侶に転身した「香田 晋」が振り返る芸能界 「未練は一切ありません」
1989年にデビューすると、その年の日本レコード大賞新人賞に輝き、94年にはNHK紅白歌合戦にも出場した演歌歌手の香田晋(58)。現在は僧侶となり、名前も徹心香雲(てっしんこううん)と改めた彼が信心の傍ら、最近ハマっているのが筋トレだという。
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今が人生で一番、心穏やか
「今が人生で一番、心穏やかに暮らしています。8年前に禁煙し、1年前には酒もやめました。健康的な生活を送っているとストレスそのものがなくなり、悪癖も苦もなく断てました。芸能界への未練は一切ありません」
晴れやかな表情でこう話すのは、香雲氏その人である。神奈川県下の一軒家で、再婚相手となる9歳下の妻と家族同然の愛猫と暮らすが、
「毎朝6時前に起床し、すぐに掃除や洗濯、朝食の準備などに取りかかります。家事全般は基本、僕が受け持っています。夫婦円満の秘訣(ひけつ)であると同時に、家の中では常に頭と体を動かしているので、現役時代より疲れを覚えなくなりました」
バラエティーの仕事が増えて……
演歌界のホープとしてスターへの道を駆け上がる中、2000年代には「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ系)をはじめとしたバラエティー番組などでも活躍。しかし12年、突如引退を発表し、世間を驚かせた。
「もう限界でした。もともと北島三郎さん(89)や鳥羽一郎さん(73)を目標に“歌手として一生を全うする”との思いで頑張ってきたのに、歌とは関係ないバラエティーの仕事が大半を占めるようになっていた。現場では陽気に振る舞う裏で、心はある意味、死んでいました。そんな時、今の妻が“辞めたらいいじゃん。いざとなれば、私が働いて何とかするから”と背中を押してくれ、ようやく踏ん切りがついたのです」
芸能界から身を引いた後は故郷の福岡に戻り、自ら料理を振る舞う飲食店をオープン。ところがマスコミに取り上げられたことで予想外の繁盛を見せることに。いよいよ切り盛りが難しくなり、2年ほどで店を閉じると、歌手時代に暮らしていた横浜へと舞い戻った。
「当時は24時間体制で妻の祖母の介護をしていました。脳梗塞で倒れた後、車椅子生活になり、最後は寝たきりに近い状態になりました。そのため着替えや食事、トイレの介助などが必要になったのですが、辛いと感じたことはありません。そもそも祖母が僕のファンだったことで妻との出会いが生まれるなど、僕にとっても大切な人でしたから。介護の末、眠るように逝った姿を見て、心から安堵したのを覚えています」
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