「教科書を一度読むだけで暗記」 片山さつき財務大臣の「異次元の天才エピソード」 同窓生は「有名進学塾トップで、鳴り物入りで中学に」

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「鳴り物入りで中学に入ってきた」

 絵に描いたような神童だったわけで、難なく東京教育大附属中学(現・筑波大附属中学)に合格する。

 同校で高校まで同学年だった人物が言う。

「超有名進学塾でもトップだったといううわさで、鳴り物入りで中学に入ってきた印象があります。とにかく、できる子でした。毎年、東大合格者を大勢出す学校でしたが、その中でも筆頭格で、東大に行ったのも、まあ、そうだろうな、と」

 軟式テニス部で6年間一緒だった女性も「切れ者だった」と話す。

「成績はずっとトップでした。高校の3年間、一度もその座を譲らなかったはずです。負けず嫌いで、勉強も部活も一生懸命にしていた。ただ、個性の強い生徒が多かったので、彼女が特に浮いて見えることはなかった。テニスの方は……まあまあだったかな」

 駿台予備校や代々木ゼミナールの模試でも他を寄せつけなかった彼女は、当たり前のようにわが国の文系最高峰とされる東京大学文科一類に合格する。

 しかし彼女はいわゆる「がり勉」タイプではなかったようだ。東大入学後、サッカー部のマネージャーになった彼女は、その傍ら、女性誌に読者モデルとして登場するのである。

 一体どんな東大生だったのか。

学業にマネージャー業に読者モデル……

 法学部の同期で、卒業後は法曹界に進んだ女性によれば、意外にも「飾らない女性」だったそうである。

「一度、終電を逃した彼女を泊めてあげたことがあるんです。狭くて何もない部屋だったのに気にせずに泊まってくれました。着道楽というか、すごくおしゃれで、その晩もイエローのワンピースを着ていたことを覚えています。知らないブランドでしたが、ずいぶんいい服だったみたいです」

 さらに、こう続ける。

「とにかくおしゃれで目立つ存在だったから、中には冷たいと感じる人もいたと思います。でも、そんなことは全然なかった。明るい性格で男子学生からも人気がありましたよ」

 学業にマネージャー業、おしゃれ番長、読者モデル……いくつものテーマを抱えた忙しい東大女子だったようだが、在学中に、司法試験よりも難関とされた外交官試験に合格したというのだから驚く。

 規格外の才女であり、努力の人でもあり、比較対象がなかなか見つからないが、頭脳の明晰さという点では、ハーバード大→東大法学部→外務省と、これまた王道を歩まれた雅子皇后と双璧かもしれない。

 秀才の誉れをほしいままに赤門を後にした若き片山氏は、国家公務員上級試験を突破し、「官庁の中の官庁」と言われた大蔵省(現・財務省)に入る。

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