住所は知らない、いつも泊まっていかない彼女…プロポーズしたら「既婚者なの」 40歳男性はなぜ騙されてしまったのか
ぶつかった お相手は
それでも少しずつ慣れていった。その夏に、その渋谷の街で知り合ったのが紀代乃さんだ。きっかけはスクランブル交差点でぶつかったことだった。慣れたつもりだったがすんなりよけることができなかったのだ。
「彼女が足をくじいたのか、あっとうずくまったんです。信号は変わりそうだし、あわてて彼女を抱き上げて歩道まで運びました。力だけはあるので」
そのまま彼女を近くの病院に連れていった。みるみる腫れていったので骨折ではないかと思ったが、捻挫だった。彼女は「仕事の途中なの。会社に帰らなければ」と言った。彼は病院代を払い、タクシーで彼女を会社に送っていった。もちろん名刺を差し出し、携帯番号も書いておいた。
「仕事を休めないというので出社も退社もタクシーでお願いします、タクシー代は全額払います、治療費ももちろん払います、何か不便があったらいつでも飛んでいきますと訴えました。もちろん傷害罪とか過失傷害罪とかで警察へ行ったほうがよければ行きますというと、彼女は笑い出しました。『あなた、私に何か恨みがあるの?』と。いえ、初対面ですからと言ったら、『そうでしょ。傷害罪になんてならないわよ。スクランブル交差点、慣れてないだけでしょ』と。図星でした。田舎から出てきてまだ3ヶ月だと言うと、『みんなよくぶつからないであそこを歩けるなと思ってるでしょう。私も同じだったわ、昔』って。彼女は大学から東京暮らしを始めたそうです。人が住むところじゃないですよねって、ひとしきり東京の悪口で盛り上がって……。『でも私はこの街が嫌いじゃないのよね』と彼女はまた笑って。僕もそのうち慣れますかねなんて相談までしちゃいました」
あれよあれよと…
つまりは気が合ったのだろう。彼女は治療費だけ払ってくれればいいわとあっさり言った。いや、僕の不注意なのでとすがるように言った彼に、「じゃあ、捻挫が治ったら、おいしいものをご馳走してくれる?」と茶目っ気たっぷりに言った。
「きれいな人だなあと思いながら、『もちろん、あなたの好きなものをなんでも』と言ったら新社会人でしょと当てられて。そのうち暑気払いをねだるわねって。彼女の言い方とか言葉の使い方がとても素敵だったんですよ。大人の女性という感じがして。それまで僕の周りにはいないタイプだった」
それからときどき連絡を取り合うようになり、3週間後、彼女が完治したというので再会した。もうすっかり大丈夫とヒールを履いた足を見せられ、彼はどぎまぎしたという。
「カジュアルなイタリアンを予約したからと連れて行ってもらいました。『ランチでしか来たことがないの。夜は高いと思うけど』と言ってから、彼女は『嘘よ。リーズナブルな店だから』と笑った」
慎二さんは覚悟してしっかりカードを持参してきたのに、支払いはいつの間にか終わっていた。紀代乃さんが払っていたのだ。さすがに納得できないと慎二さんは言い張った。
「じゃあ、もう一軒行きましょう。そこでご馳走してもらうと彼女が言って……」
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