「創価学会・公明党」問題を追及した月刊誌が23年の歴史に幕 発行人が語る「自公連立」の暗部

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「フォーラム21」という雑誌をご存じだろうか。2002年3月に創刊され、創価学会と公明党を中心にカルト問題などの情報を発信し続けてマスコミにも注目された。だが、この12月をもって終刊を発表した。なぜ長年の歴史の幕を閉じたのか――23年余にわたる実績と苦労を発行人の乙骨正生氏に振り返ってもらった。【前後編の前編】

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 いまでは憶えている人も少なくなっているかもしれないが、自公連立政権発足直前の1999年7月に死去した毎日新聞の元編集委員でジャーナリストの内藤国夫氏は、80年代から90年代にかけての10余年間、月刊誌『諸君!』(文藝春秋)に「月報 創価学会問題」を連載し、厳しい創価学会批判を展開していた。

 その取材の大半に協力することで、私はいわばジャーナリスト修行をさせてもらったのだが、95年にオウム事件が発生し、教祖の麻原彰晃が逮捕された直後、内藤氏は「月報 創価学会問題」(『諸君!』95年8月号)に「政界に進出し、国家権力と結びつく、また結びつこうとする権力志向、権力依存の宗教団体は邪教だということだ。オウムよりはるかに始末が悪い難問である」と書いた。その前後だったと記憶するのだが、居酒屋で懇談していたさなかに、内藤氏が私にジャーナリストの社会的使命・役割ともいうべき心構えを次のように語ったことがある。

「乙骨君、ジャーナリストっていうのはね、カナリヤだと思う。オウムのサティアンに警察が強制捜査に入った時、毒ガスに弱いカナリヤを持って行っただろ。あれは毒ガスがあればカナリヤがいち早く鳴いて危険を知らせてくれるからだが、ジャーナリストもあのカナリヤと同じで、社会に害悪を及ぼす危険や不正に気づいた場合は、いち早く鳴いて警鐘を鳴らす。それが使命というか役割なんじゃないかな」

名誉毀損賠償の高額化

 このジャーナリストの大先輩のアドバイスを心に留め、私はそれ以後、公明党が初めて政権に参画した細川非自民連立政権や新進党による政権奪還の動きをウオッチして警鐘を鳴らし、創価学会・公明党の政教一致や社会的不正を激しく批判していた自民党が99年10月、一転して公明党との連立に踏み切って以降は、両者の“野合”の危険性を指摘し続けた。当時は多くのメディア、なかんずく雑誌媒体も、オウム事件を契機に創価学会を掣肘(せいちゅう)するため、池田大作創価学会名誉会長の国会証人喚問を求めるなどした自民党の変節と公明党の連立参画について、厳しい批判を浴びせていた。

 しかし、公明党が主導する形で国会において名誉棄損の損害賠償額の高額化が図られた。2001年5月16日の衆院法務委員会では、公明党の冬柴鐵三幹事長が週刊誌を名指しして賠償額の引き上げを迫り、最高裁民事局長が「適切な慰謝料額の算定の在り方に十分、問題意識を持っている」と答弁したことで、賠償額は一気に高額化することとなった。

 その結果、以後『週刊新潮』をはじめとする雑誌媒体の名誉棄損訴訟で次々と高額な損害賠償が出されるようになり、創価学会の政治的影響力が拡大する過程で雑誌媒体側も創価学会・公明党問題からの撤退の動きが強まった。

 そうした政治とメディアをめぐる危機的状況を背景に、私は2002年3月、「宗教と政治、宗教と社会についての正確な情報」を発信し続ける媒体として、隔週刊誌(08年4月から月刊化)の『フォーラム21』を創刊した。その創刊の目的と動機は、創価学会・公明党と自民党が本格的な連立政権を構築したことで、信教の自由や言論の自由、「国民の知る権利」が脅かされ、日本の民主主義が危殆(きたい)に瀕する可能性が高まるという危機感だった。

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