「普通の考え方では対応できない」…80年代に“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育した40代女性 前夫・仲人らが証言した妙な人間模様
動物の“夫”と人間の“夫”
“獣医のY”とは、Kさんが現在の住まいに来る前まで同居していた38歳の男性。Kさんの住民票はその人のもとに残ったままになっている。
「まだ彼女が結婚していたころ、犬の病気を診てあげて、親しくなったのですがね、夫婦の間にいろいろあったらしくて。あるとき、“私はもうあの家にいられないから、どこかに落ち着くまで置いてくれない”といってきたので、“あ、いいよ”と気軽に引き受けたんです。それから正味2年間、2階の6畳と下の4畳半とで、同居生活をしていたわけですが、男女の関係なんかまるでないですよ。彼女とは、母方のハトコ同士ぐらいの遠縁ですし……」
と、その先生は弁解する。しかし、この同居中に、2人はラッキーを育て、彼女が現在の住まいに移ってからも、先生は彼女のもとへ日参している。地元でも、
「あら、あの2人、結婚してなかったの。私、ツノカクシとモーニング姿の2人の結婚写真をKさんから見せてもらったこともあるのに……」(ラッキーに襲われた被害者・C子さん)
といわれているのだ。Kさんには、どうやら、動物の“夫”と、人間の“夫”、2人の“夫”がいるといったほうがよさそうである。もっとも、
「ラッキーちゃんと、Yさん、どちらのほうが好きですか」
と、不躾な質問をしたら、間髪をおかず、答えが返ってきた。
「ラッキーちゃんです!」
そのラッキーちゃんの運命をめぐっては、今、否定派・肯定派の双方で署名を集めて攻防戦を展開している。が、彼の飼われ方を聞いた作家の畑正憲氏は、
「えっ? 同じ家の中でスナックバーを! 冗談じゃない。動物園のライオン係なんか、酒を断つぐらいなのに……」
絶句してしまった。
***
1980年12月16日、ラッキーは翌年3月のオープンを控えた東武動物公園(埼玉県)に“引っ越し”した。新居にはなかなか入ろうとしなかったが、しばらくすると移動。麻酔からさめきっていなかったのか、備えられた床暖房に安心したのか、すぐに眠り込んだ。以後はその“知名度”もあって多くの人が見学に訪れたという。
この“引っ越し”につきっきりだったKさんは、離れて暮らすことになっても所有権を手放さず、東武動物公園を日参した。平成4(1992)年、ラッキーがライオンの平均寿命15歳を超える21歳でこの世を去ったときも、
引き取りに来たという。
第1回【“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育…80年代の衝撃事件で「襲われた知人2人」の恐怖体験「前足で頭をひっかかれ…」「肋骨が折れ、肺に穴」】では、ラッキーに襲われた2人の証言などを伝えている。
[3/3ページ]

