「普通の考え方では対応できない」…80年代に“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育した40代女性 前夫・仲人らが証言した妙な人間模様

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話題を独占した1頭のライオン

第1回【“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育…80年代の衝撃事件で「襲われた知人2人」の恐怖体験「前足で頭をひっかかれ…」「肋骨が折れ、肺に穴」】を読む

 1980年12月16日、翌年3月のオープンを控えた東武動物公園(埼玉県)に取材陣が殺到した。お目当ては同園へ移送される1頭の雄ライオン。「ラッキー」と名付けられた彼の“実家”は同県某市の民家で、移送に付き添った40代女性のKさんは“飼い主”である。

 知人2人を襲って重傷を負わせたラッキーとの“同居生活”をめぐり、否定派と肯定派は署名運動や嘆願書で攻防戦を繰り広げていた。「週刊新潮」がKさんを訪ねたのはちょうどその頃。第2回では、Kさんの個性的すぎるキャラクターなどについて、前夫や仲人などが証言する。

(全2回の第2回:「週刊新潮」1980年12月18日号「『ライオンを夫と呼ぶ女』にした45年の魅入られた『生活遍歴』」を再編集しました。文中の年齢、肩書等は掲載当時のものです)

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東大法学部卒? 5歳のときから舞台?

 誰が見ても奇異な人物と映るのは当然だが、そればかりではない。引っ越してきた年の夏から、この野中の一軒家でスナック「ラッキー」を開店すると、これがまた大繁盛だったのだ。

「大宮、川口、岩槻、あちらこちらから友達が来てくれましたからね。一人で10万は売っていたわ。地の者なんて、相手にしなくてよかったんです」

 という羽振りのよさに、地元民も一目置いていた。その1人はいう。

「とにかく、尊敬していたんです。話題は豊富だし、薬剤師の免状も持っているっていうし、なにせ、東大法学部卒だそうですからね」

“東大法学部卒”という肩書は随所でいいふらしていたようだが、Kさんに改めて尋ねてみると、「いえ、小卒ですよ、フフフ」とか、「実は義務教育だけでね」とか、なかなか一筋縄ではいかない御仁である。

 出身地は鹿児島。事情があって鹿児島の伯父に育てられ、10歳のときから東京の実父と暮らすようになったのだそうだが、

「父はいろんな事業をやって、板橋に家作を7つも持っていたの。それをみんな、花札バクチで取られてしまってね。でも、私は5歳のときから舞台に立って、興行に出てたから、あまり関係なかった」

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