昭和のジャンプ漫画も取り上げた「毒入りコーラ事件」の衝撃…大量の猛毒「青酸ナトリウム」をバラ撒いた“犯人”を逮捕できなかった理由

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 昭和52年1月4日未明、東京都品川区内の電話ボックスなどに置かれたコーラ瓶に混入された青酸ナトリウムは、いずれも致死量(約0.15グラムから3グラム)を大きく上回る量(10グラムから13グラム)であったことが警視庁の捜査で判明する。コーラは51年8月から11月までに、都内の工場で生産された911万本のうちの数本であることも判明。警視庁の威信をかけた捜査はじわじわと犯人を追い詰めていくのでは……と思われたが、事件は意外な結末を迎えることになる。(全2回の第2回)

始まった大捜査

 青酸化合物については、「毒劇法(毒物及び劇物取締法)」で、その管理について厳しく定められている。製造・輸入に関しては国、販売は都道府県知事の許可が必要となり、購入の際には住所氏名、職業、購入日時、購入量を厳格に記入しなければならない。

 事件で使われた青酸ナトリウムを日常的に取り扱うのはメッキ工場や、金属焼き入れ業、化学工場に大学の研究室などがある。警視庁捜査第一課は現場を中心に港区、品川区、大田区などのメッキ業者、金属焼き入れ業者をリストアップしたが、メッキ工場だけでも400社を超えることが判明する。また、パチンコ屋で大量に使用するパチンコ玉も、青酸ナトリウムで洗っており、捜査対象は広範囲になった。

「工場などではキロ単位で購入するのですが、残量管理を徹底しているとはいえ、数ミリグラムが紛失しても分からないのでは、というのが実情でした。聞き込みに行くと“従業員がこっそり持ち出しても、分からないかもしれない”と答える工場主も。また購入時も、18歳以上であることが確認できれば、書類に必要事項を記入するだけ。偽名もまれにあり、購入に関しては、現場の管理実態はかなり“甘い”ことも捜査で判明しました。もちろん、こうした問題点はその後、改善されています」(当時、取材にあたった元社会部記者)

 都内全域で見ても、販売業者は薬局も含めて8000軒以上あることも分かった。こうした“ブツの捜査”の一方で、犯人像を分析する捜査も並行して行われた。

「捜査本部では、犯人は土地カンがある、つまり現場周辺の地理に詳しい人物であるという見立てで一致していました。第一京浜に面した第一・第二現場(本編の第1回を参照)は人通りの多い場所ですが、第三現場はひっそりとしています。すべての現場は品川駅から半径300メートルの範囲内にあり、この近くに住んでいるか勤務先があるとにらんで、特に付近一帯で聞き込みを強化し、ローラー作戦も展開されました。ただ、犯人の年齢、職業、動機などでは意見が分かれました。青酸ナトリウムを扱っている工場などに勤務している知人からもらったとなれば職業も絞り込めない。そして動機の面でも、社会への不満を抱えている異常者や殺人マニア、そして愉快犯まで……年齢も10代から中年と広がり、意見は割れました」(同)

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