知ると楽しめる「ばけばけ」 ドラマと史実の違い “なれそめ”“出生の秘密”そして“歯”

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士族の女性は歯を見せるのを嫌ったが……

 最後に、筋書き以外の点をひとつ指摘したい。松野トキを演じる高石あかりが、いつも大きく口を開き、歯をむき出しにして笑っていて、番組宣伝のための写真や、主題歌と一緒に写されるカットにも、そういう表情が数多く選ばれていることが、筆者は気になっている。

 江戸時代の武士は、なるべく笑わないように努めた。武士はいつも冷静で、感情に流されないのが理想とされた。笑いは典型的な感情の表れで、だからそれを抑えることが、精神的な強さの証だとされたのだ。江戸時代には主に既婚の女性が行ったお歯黒も、笑って歯を見せるのがはしたないという意識と関連がある。

 そこに明確な基準があったわけではないが、武士が笑いを抑えようとし、武家の女性は白い歯を見せないように気をつけた。少なくとも、そうしたほうがいいという社会通念があった。

 セツは士族の娘である以上、白い歯を見せないほうがいいという意識は、染みついていたと思われる。実際、残されたセツの写真はいずれも口を結んで、歯はまったく見えない。晩年に近いころの写真には、目が笑っているものもあるが、口はしっかり結んでいる。そこにはセツの矜持が強く感じられる。

 NHKの制作現場で、歯を見せすぎないほうがいいと、だれかが指導することはできなかったのだろうか。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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