知ると楽しめる「ばけばけ」 ドラマと史実の違い “なれそめ”“出生の秘密”そして“歯”
養女であることは秘密ではなかった
もうひとつ、『ばけばけ』では描かれないセツの幼時体験にも触れておく必要があるだろう。セツは『幼少の頃の思ひ出』という自筆の文中に、松江にワレットというフランス人が来た日のことを書いている。幼いセツが親類と一緒にワレットを見に行くと、異人はセツの近くに来て、小さなプレゼントをくれたという。その思い出をこう回想する。
「其人から小さい私は特に見出されて進物を受け、私が西洋人に対して深い厚意を持つ因縁に成ったのは不思議であったと今も思われる。/私が若しもワレットから小サイ虫眼鏡をもらってゐ無かったら後年ラフカヂオヘルンと夫婦に成る事も或ハむづかしかったかも知れぬ」
セツには外国人アレルギーがなかったから、住み込みの女中になることへの抵抗がほかの女性よりは小さく、ハーンと短期間で結ばれやすかったものと思われる。
また、少しさかのぼるが、実父と実母との関係も史実とは描き方が違った。『ばけばけ』のトキは、父の松野司之介(岡部たかし)と母のフミ(池脇千鶴)、祖父の勘右衛門(小日向文世)のもとで暮らしているが、彼らは養父母と養祖父で、じつの父母は雨清水傳(堤真一)とタエ(北川景子)である。
小泉セツも小泉湊とチエの子に生まれながら、生後1週間ほどで親戚筋の稲垣金十郎とトミ夫妻のもと養女に出された。稲垣家に子がなかったため、次に子が生まれたら養子にもらう約束をしていたのだという。ただし、小泉家は300石の番頭を務める上級藩士なのに対し、稲垣家は100石の組士を務める並藩士。格式が高い家から養女をもらったため、稲垣の養父母はドラマ同様、セツのことを「お嬢」を意味する「オジョ」と呼んだ。
ただ、『ばけばけ』では、トキが養女であることを、養父母も養祖父もバレるまで徹底的に秘密にしていた。第3週「ヨーコソ、マツノケヘ。」(10月13日~17日放送)では、一時、トキの婿として松野家に迎えられた銀二郎がいるのを忘れ、司之介とフミがうっかりトキの出生の話をしてしまったとき、勘右衛門は「なにも聞いちょらんよな」と銀二郎を威嚇した。
しかし、前出の『幼少の頃の思ひ出』に、セツは「私はもらひ児であるといふ事は三ツ位の時から知っていたが、もらひ児という事を思ふのは一番いやな事で、ほんとに不愉快きはまる事であった」と書いている。当時、とくに武士のあいだで養子は当たり前で、出生の秘密には当たらなかった。ドラマに起伏をつけるために、あえて秘密だったことにしたのだろう。
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