知ると楽しめる「ばけばけ」 ドラマと史実の違い “なれそめ”“出生の秘密”そして“歯”

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史実はドラマよりかなりのスピード婚

 ハーンとセツの出会いについては不明な点が多い。両人ともその詳細を語っておらず、錦織のモデルでハーンの親友だった西田千太郎も、2人の経緯については語っていない。しかし、残された記録の断片を継ぎ合わせ、総合的に判断して、明治24年(1891)の2月上旬ごろから、ハーンの借家に住み込みで働くようになったと考えられている。もちろん、妾の覚悟をもってのことだったと思われる。

『ばけばけ』の第10週「トオリ、スガリ。」(12月1日~5日放送)では、冬を迎えた松江の寒さが次第に増し、ヘブンは学校で倒れ、しばらく寝込んでしまう。医師は気管支カタルと診断した。もちろんトキは必死に看病し、大寒波が去ると回復するが、記録によれば、ハーンが罹病したのはその1カ月後の1月半ばで、風邪で10日間ほど寝込んでいる。1カ月のズレは大きな違いではないが、違いはセツが見舞ったかどうかである。

 ハーンは西田に、住み込みの女中を探したい旨を書いた手紙を送っている。日付はないものの、「冬は峠を越した」と記され、授業の感想も書かれている。つまり、風邪が治って授業に復帰してから書かれたことになり、その時期は1月の終わり以降と推定される。したがって、セツがハーンのもとで働きはじめたのは2月上旬以降で、『ばけばけ』で描かれた正月の場面は、史実の2人にはなかった。つまり、2人の出会いはドラマより3カ月程度は遅かったことになる。

 それから4カ月余り経った6月22日にハーンとセツは、松江城の内堀沿いにいまも「小泉八雲旧居」として残る旧武家屋敷に転居した。それについて、セツの口述を記した『思ひ出の記』には、「私と一緒になりましたので、ここでは不便が多いというので、二十四年の夏の初めに、北堀と申すところの士族屋敷に移りまして一家を持ちました」と書かれている。

 セツはこの時点で、ハーンを夫と認識していたことになり、史実の2人の関係が深まるまでの期間は、ドラマよりはかなり短かった。住み込みの女中だから関係が深まりやすかったこともあるだろうが、ハーンはセツのなかに、恐らく士族の娘ならではの強い意志を見出し、強く惹かれたものと思われる。

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