“高羽さんの事件”のように「犯人が自首してくれないかな…」 世田谷一家殺害事件から25年で“94歳の遺族”が明かした複雑な胸中「犯人を探せないで申し訳ないです」

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元旦の走り書き

 当時の緊迫した様子が、節子さんの日記にはこう綴られている。

<急遽埼玉へ(一家全滅)とのしらせ 夜中~~ちゃん~~姉さん(注・日記では実名)におくられて 信じられないママ……>

 ボールペンの字はかすかに震えている。

<明け方埼玉へ着 どうしようもなし ~~家夫妻も見えていてくれる>

 これが元旦の走り書きだ。

 犯人は犯行後、そのまま長期間現場に居続け、冷蔵庫に入っていたアイスクリームを素手で容器から絞り出して食べたり、みきおさんのパソコンでインターネット検索をしたりするなどの「余裕」を感じさせ、その奇異な行動に世間の注目が集まった。現場からは、指紋や血痕のほか、犯人が脱ぎ捨てたトレーナー、靴、帽子などの衣類一式、犯行に使われた柳刃包丁などの遺留品が見つかった。それだけ多くの証拠が残されていたにもかかわらず、警察の捜査は難航を極めた。

 節子さんが回想する。

「証拠とか色々とあったっていうから、早くに解決できると思っていました。警察の方たちも一生懸命やってくださっているんですけど、それでも(犯人が)わかんないのは不思議だよね。どうしてあんな可愛い子供たちまでもが……。子供は無心なんですもんね。駆け引きなんて考える年齢じゃないのになんで狙われたのかね」

斜線が引かれたカレンダー

 節子さんの自宅の冷蔵庫に貼られたカレンダーには、日付欄に鉛筆で斜線が引っ張られている。その日に事件解決の知らせがなかったことを示す印で、事件発生の翌2001年ごろから毎日続けてきた。1カ月を1枚とすると、斜線を引いたカレンダーの総数は250枚を超える。その幾何学模様のようになったカレンダーに、節子さんの無念さが滲み出ていた。

「毎日午前0時を過ぎると、今日もダメだったな、(事件解決を知らせる)何も良いニュースがなかったなって思いで斜線を引くんです」

 使い続けてきた1本の鉛筆は短くなり、持ち手の部分が節子さんの爪痕でギザギザだ。斜線を引く「儀式」を終えると、1日が終わる。就寝時には仏間に飾られた4人の遺影に語りかける。

「おやすみ」

 言葉は返ってこないが、4人が微笑んだように感じられるという。節子さんが現在の心の内をこうも語る。

「私が生きている間に(犯人が)見つかって4人に報告したいっていうか。なんであんなことになったのか、犯人を探せないで申し訳ないです」

 その思いが毎朝、仏壇に手を合わせる時にも胸の中で込み上げてくる。

「ごめん、ごめん」

 犯人逮捕の一報が4人に伝えられる日はいつになるだろうか。時に1人暮らしの寂しさと向き合いながら、節子さんはその時をじっと待ち続けている。

水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3~5月にはウクライナで戦地をルポした。

デイリー新潮編集部

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