生まじめな政治映画と思いきや…サスペンス・エンタテインメントの傑作「プラハの春 不屈のラジオ報道」が描いたロシア“軍事侵攻”の実像
ハリウッド顔負けのチェコ映画
「日本人では、チェコの映画は、あまりなじみがないかもしれませんが、意外と“映画大国”なのです」
ここからは、ベテランの映画ジャーナリスト氏に解説してもらおう。
「まず、チェコは、世界でもトップレベルのアニメーション大国です。特に、人形や切り絵を使ったストップ・モーション・アニメが有名で、イジー・トルンカ、カレル・ゼマン、ヤン・シュヴァンクマイエルといった“芸術的”なアニメ作家を多く輩出しています。今年、ひさびさに再公開された名作SFアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(ルネ・ラルー監督、1973)も、フランス映画と認識されていますが、実際は当時のチェコスロヴァキアとの合作で、プラハのトルンカ・スタジオで製作されました」
戦後の社会主義時代は、統制で映画製作も制限されたが、それでも独特な作品を生んできた。
「近年、カルト的な人気で“渋谷系映画”として復活している『ひなぎく』(ヴェラ・ヒティロヴァ監督、1966)をはじめ、『夜のダイヤモンド』(ヤン・ニェメツ監督、1964)、『厳重に監視された列車』(イジー・メンツェル監督、1966)といった、反体制的なテイストを含む作品が1960年代に多く発表され、“チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”などと呼ばれました。この時期、西側へ亡命した監督も多く、その一人が、のちにアメリカで『カッコーの巣の上で』『アマデウス』などを生む、ミロス・フォアマンです」
そして1996年、「コーリャ 愛のプラハ」(ヤン・スヴェラーク監督)が、米アカデミー外国語映画賞、第9回東京国際映画祭グランプリを獲得し、チェコ映画界は、その存在を世界に示すのである。
「しかし、やはりチェコ映画は、アニメでもヌーヴェルヴァーグでも、どこかに芸術性や政治色が漂い、理屈抜きのエンタテインメントは少ないような印象がありました。それほど政治や他国に翻弄されてきたわけで、これは仕方ないことだったと思います」
ところが、今回の「プラハの春 不屈のラジオ報道」は、ひと味ちがった。
「よくある、政治がらみの、ちょっと暗いまじめな映画だろうと思って、あまり期待せずに試写を観たのです。ところが、あまりの面白さに、2時間11分、あっという間でした。ハリウッドも顔負け、サスペンス・エンタテインメントとして一級品の出来です。あまりに面白いので、これはてっきり、フランスかイギリスあたりのスタッフや資本を入れた、合作映画だと思っていたら、純粋なチェコ映画らしいので、また驚いてしまいました。“チェコ映画界、恐るべし”という感じです」
チェコスロヴァキアは、1989年のビロード革命で共産党政権が崩壊すると、最終的に、チェコ共和国(首都プラハ)と、スロヴァキア共和国(首都ブラチスラヴァ)の2国に分離した。この映画は、そのチェコの映画製作会社、ドーソン・フィルムズの作品なのだ。
「チェコのアカデミー賞といわれる〈ライオン・アワード〉で作品賞以下7冠、また、スロヴァキアのアカデミー賞〈Sun in a Net アワード〉でも作品賞以下9冠を独占。近年、チェコとスロヴァキアでもっともヒットした作品です」
そんな映画だが、どういう内容なのだろうか。
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